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【十人桐色】#29 『あたりまえ』三戸部聡大

『あたりまえ』

 

みなさん、こんにちは。

今回のコラムを担当させていただきます、体育専門学群2年の三戸部聡大(みとべ そうだい)です。

陸上競技部では、中長距離ブロック中距離パートに所属しています。

今回はこのような貴重な機会をいただき、大変光栄に思います。

 

4月というのは本来ならば、新学期の始まり、シーズンの始まりと、とても忙しい時期です。

しかし、今年は新型コロナウイルスによる影響で、例年とは違う毎日を送っています。

私の身近なところでも、授業開始の延期、大会の中止・延期、部活の活動停止など様々な影響が出ています。

人と会わないということは、こんなにも寂しいものなのだと改めて感じる日々です。

 

そこで今回は、このいつもとは違う日々の中で感じたことを書かせていただきたいと思います。

 

「あたりまえが失われている」

先日、何気なく見ていたテレビから聞こえてきた言葉です。

 

あたりまえとは何でしょうか。

 

明日も部活がある。

明日も仲間と会える。

明日も先輩・先生方から指導していただける。

 

数週間前までの私はこれらすべてがあたりまえのものだと思っていました。

競技場がすぐそばにあり、そのほかのトレーニング施設も充実している。

自分の成長を見守り、指導してくださる先生・先輩・同期がたくさんいる。

この筑波大学という恵まれた環境も、入学した当初こそとても有難いと感じていましたが、1年経った今、あたりまえのものになってしまっている自分がいました。

 

この「あたりまえ」が突然失われました。

 

「ありがとうの反対はあたりまえ」

以前このように教えていただいたことがあります。

 

「ありがとう」を漢字で書くと「有難う」

「有ることが難しい」奇跡のようなもの

 

その反対はと考えると、あって当然なもの、「あたりまえ」となるそうです。

普段私たちがあたりまえだと感じていることも、本当はとても有難いものなのかもしれません。

 

今回、あたりまえが失われたことで、そのことを強く実感することができました。

よくよく思い返してみると、この考えに至るのは初めてではありませんでした。

台風や地震などといった大きな災害が起こり、日常が脅かされそうになると、日常が「有難い」ものだと感じることがありました。

怪我や病気で何かができなくなってしまった時も同じです。

けれど再び平穏な日々が戻ってくると、また「あたりまえ」に戻ってしまっていたのです。

 

今後日常が戻ってきたときも、私はこれまでと同じように「あたりまえ」に戻ってしまうかもしれません。

今度こそは、毎日を有難いものだと感謝しながら過ごすことができないでしょうか。

 

今日も部活ができて有難い。

今日も仲間に会えて有難い。

今日も先輩・先生方から指導していただけて有難い。

 

明日が来ることをあたりまえだと考えて今日を過ごすよりも、一日一日を有難いものだと思いながら過ごす今日のほうが、得られるものは大きいはずです。

まとまりのない文章になってしまいましたが、このコラムが何かを考えるきっかけになってもらえれば、とても嬉しく思います。

まずは私自身、日常に感謝の気持ちを持ちながら過ごせるような人間でありたいと思います。

 

最後になりますが、皆さんどうか健康には十分気を付けてください。

活気にあふれた競技場が戻ってくる日まで、私も自主トレを頑張っていきたいと思います!

今は人がとても恋しい!

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

 〇今日のコラム〇

三戸部聡大(みとべ そうだい)

【個人ページはこちらから】

体育専門学群 2

東京都出身

東京都立青山高等学校

中長距離ブロック・中距離パート

トレーナー委員会