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【十人桐色】#27 AC・推薦入学者対談 

十人桐色の第11弾では『AC・推薦入学者対談』の様子をお届けします!中学・高校時代から活躍してきた選手がなぜ筑波大学を選択したのか、など選手のバッググラウンドを知れる内容となっています。是非最後まで読んでみてください!

担当:薄田健太郎(体育4)、松尾脩平(体育3)、小松真琴(体育2)

 

※対談は3月上旬に行われたものです。

 

◇今回のピックアップ選手◇

富永天平(投擲4)

シュレスタまや(混成4)

菅颯一郎(跳躍3)

小林裕季(投擲3)

久保田太一(短距離障害2)

小林竜也(長距離2)

 

 

富永天平(とみなが てんぺい)

【個人ページはこちらから】

体育専門学群4年/投擲・ハンマー投/東京・多摩科学技術高校

久保田太一(くぼた たいち)

体育専門学群2年/短距離障害・110mH/兵庫・社高校

 

Qいつから陸上始めた?

富永)陸上を始めたのは中1でハンマー投げを始めたのは高1の928日!

薄田)なんでそんな詳細に覚えてるの?

富永)練習日記に書いてたんだよね。毎年小さいお祝いをしている。中学は砲丸投げをやってた。

久保田)1からで4種競技をやってました。中2からはハードルに絞って今もやっている感じです。

 

Qやってる種目の魅力は何?

富永)複雑!だけどそれが良い。他の投擲種目とは仕組みが違って面白くて、バイメカ研に入ったのもハンマーの仕組みを理解するためなんだよね。そもそもハンマー投げの研究をするために筑波大に入って来たし!

久保田)100mは走力だけで勝負が決まってしまうけどハードルは走力がなくても技術でカバーして勝てるのが魅力だと思います。

富永)久保田はハードリングで稼ぐタイプなんだ。

久保田)そうですね!ハードリングを武器に後半、どんどん上げていくタイプです!

薄田)400Hはやらないの?

久保田)絶対やりません!!

 

Qいつから筑波大を意識し始めた?

富永)3の時に理系か体育系か迷っていたけど南関東総体で3ファールして、もう少しハンマー投げをやりたいと思って筑波大を選んだ。

薄田)久保田は?

久保田)高校の先生が筑波大出身で谷川先生と繋がってて、筑波大を意識し始めました。

薄田)他の大学は考えなかったの?

久保田)あまり考えなかったです。

 

Q大学に入って1番嬉しかった試合は何?

富永)去年の関カレ選考かな。その時は選手の実力が拮抗していたから緊張してて、5投目まで4番目で落ちる予定だったんだけど6投目にたまたまハマって良い投げができた。

久保田)関東新人です。記録的には高3の時に及ばなかったけど自分の持ち味を出せる試合ができて、2位に入ることができたことが嬉しかったです。記録はイマイチでしたけど、内容が充実していたのが良かったです。

薄田)人生で1番嬉しかった試合もそれ?

久保田)いや、高3の兵庫県総体です。県記録を出したんですけど、その試合を尊敬していた先輩の前で走れたのが良かったです。

富永)僕は関カレ選考かなぁ。

Q挫折したことはある?

久保田)あります。去年の県選のあたりです。県選前は本当に調子が良かったのに全然記録が出なくて、競技と向き合えない時間が2週間くらい続きました。感覚と動きのギャップが大きすぎて苦しかったです。

薄田)調子が良くて結果が出ないと苦しいよね。天平は挫折したこととかあるの?

富永)ないな。良い時は良いし悪い時は悪いって割り切ってるから挫折はないかな。

薄田)久保田は挫折した時、どう復活した?

久保田)陸上を楽しむことにフォーカスしたら復活できました。楽しむことの延長で記録が出たら良いかなって感じです。

 

Qインカレ前とかはどういう息抜きをしてる?

久保田)音楽聴いて、ぼんやりして、何も考えないです。

富永)何聴いてるの?

久保田)ONE OK ROCKです。

薄田)天平は?

富永)緊張はするけどいつも通り練習して、試合の事を考えないようにしてる。やることは競技場で終わらせちゃう。他の時間は寝てるか、本読んでるかだな〜

 

Q推薦で入って来てプレッシャーはない?

富永)久保田)ないです。

富永)なんなら推薦だと思われてないし!誰も気にしてないと思うから特にプレッシャーはないかな。

久保田)周りが強すぎるからインターハイ3番なんてすごくないじゃんって思って、特にプレッシャーは感じていません。

富永)周りが強いとプレッシャーに感じちゃう人もいそうだけど。

久保田)同じ高校だった柴田(柴田涼太郎、跳躍2年)がインターハイ優勝して、そういう人が身近にいたので筑波大に来ても心境の変化はなかったです。

富永)幸運だね。

薄田)俺はプレッシャー感じちゃう。中長ブロックとしてなんとしてでも点を取りたいと思っちゃうから緊張しちゃう。

 

Q最後の質問になるんだけど今シーズンの目標をズバリ!

富永)64mを投げること。

薄田)それはなんで?

富永)入学した時から設定していたから。怪我とかしてて厳しいかも知れないけどぶれずに目指したい。

薄田)ちなみに今の自己ベストは?

富永)60m05

薄田)久保田は?

久保田)全カレのA標準を切ることと、大舞台を遊びながら楽しめる感じで出場したいです!

 

小林裕季(こばやし ゆうき)

【個人ページはこちらから】

体育専門学群3年/投擲・ハンマー投/兵庫・花園高校(京都)

小林竜也(こばやし たつや)

体育専門学群2年/長距離/茨城・水城高校

 

Q推薦で入ったプレッシャーは?

小林裕)筑波に入って3週間くらいで怪我したから、やってやろうって言うよりは、もう1回1から積み直そうって思った。推薦で入っては来たけど授業始まって周り見てみると世界で活躍してたり自分より競技力が高い人がいっぱいいたから、調子にのっておれは強いっていうよりは自分怪我してるし、ゼロからのスタートだなって感じで。背負ってるものは何もなくて新しい気持ちだった。

小林竜)高校が駅伝の強豪校だったのと、インカレの標準とかも切ってたからプレッシャーや期待されている部分は大きかったです。学校始まってみるとみんなすごい人が多くて、同期の陸上部にもインターハイで優勝している人がいっぱいいたし、その人達に追い付きたい気持ちがあって、その気持ちは今でも大事にしてます。

松尾)競技部だけで考えても、先輩達も強い人多いわけだし、そういう部分でもプレッシャーはあった?

小林裕)女子のハンマーに比べると男子は少し劣る部分を感じていたから、密かにおれがやってやろうっていう気持ちはあった。

小林竜)強い学校って先輩が怖いっていうイメージがあったから、そういう部分では筑波大は気さくに声掛けてくださる方も多かったので、来年以降こういう先輩になりたいなって思いました。

 

Q今シーズンの目標は?
小林裕)日本インカレに絶対に出て入賞すること。

小林竜)箱根駅伝の6区にでて、今年出れなかった分のリベンジをすること。

 

Qいつから筑波大学を意識し始めた?

小林裕)中1かな。将来教師になるっていう選択肢をもってて、これまで関わってきた先生がいい先生ばかりで、自分もそんな先生になりたいなって思って。陸上も続けるからスポーツで日本一といえば筑波だったし筑波を目指そうと思った。

小林竜)高校2年の北関東大会の時に長距離の監督に声をかけてもらって、そこから筑波に行くという選択肢を意識するようになりました。でも箱根駅伝のことを考えると私立の方がいいのかなって気持ちもあって、正直悩んでいました。高3の北関東大会の後から教師になりたいという思いが強くなって、それで筑波にしようと思いました。それに、今まで関わってきたいい先生はだいたい筑波大卒だったんです。高校の先生とかに相談しても体育教師目指すなら筑波がいいぞっておっしゃってて。

Q挫折した経験は?その時どうやって立ち直った?

小林竜)2つあって、1つ目は高2の時です。北関東大会前の記録会で1500m3分50秒で走って少し調子に乗ってしまって。北関東大会では予選落ちしてしまいました。おれダメなのかなって塞ぎ込んで2.3か月まともに練習もできない時期がありました。

もうひとつは今年の箱根駅伝です。直前で走れなくなってしまって、その時も塞ぎ込んで色んな人に迷惑かけたなと思います。でもその時、親やチームメイトに支えられたのがすごく大きくて。チームメイトに「お前が今までやってきてくれたから頑張れたんだしお前も頑張れよ」って言ってもらえて、そのお陰で立ち直ることができました。陸上も好きだって改めて思えたので、挫折があったおかげで色んな人に感謝することができるようになりました

小林裕)高1の新人戦で大幅にベスト更新して優勝したんだけど、その時に調子に乗ったのかな、自分の中ではそんな思いはなかったけど、その影響もあってハンマーの技術とか投げがまとまんなくなって。そのタイミングで嫌なことが立て続けに起こって何日も親に泣きながら電話する日が続いたね。そんな時に親から手紙をもらって、気持ちの整理がついて、そこからハンマーのことを考えられるようになった。

高2から、試合で崩れたりしてもどこがダメなのかを自分で分析できるようになったし、これ以上練習したら怪我するっていうのもわかるようになったからオーバーワークで怪我をすることもなくなって。練習も継続できるようになった。落ちるとこまで落ちたから、「落ち込んでてもしょうがない、やんないといけない」っていう気持ちをもてた。

 

Q自分の種目の魅力は?

小林竜)1500mからハーフマラソンまでやってて、かなり特殊なタイプだと思うんですけど、練習終わった後の達成感を感じれるのが楽しくて。距離が長い方がその達成感は大きいです。

小林裕)走ってる時の中盤って何考えてるの?

小林竜)何も考えてないってことはないですね。前の人みて、この人きつそうだなとか戦略的なことをずっと考えてます。ここから疲れてくるからこうやって走んないとなとか。きつい時も、きついなって思うんじゃなくてなんできついんだろうって走りながら考えるようにしてます。

小林裕)投擲種目のなかでハンマーは1番重たい種目で、力任せに頑張って投げようってしたら逆に飛ばなくなってしまう。試合とかすごい難しくて、入りから投げ終わるまで力を入れてしまうと飛ばないし、逆に力を入れることを我慢して最後までいけたら、力は入れてないのにすごい飛ぶ。だから自分から投げにいくんじゃなくて、ハンマーに任せるような感覚。それが楽しい!

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対談後の雑談では、ブロック間や、男女の垣根を越えてもっと仲良くなっていきたいという話が出ました。推薦・一般に関わらず、それぞれが持つ意見を共有できる環境や、入学直後に感じる競技力などの差、そこから生じる壁を取り払える選手が少しでも多く存在する組織、競技部を目指していきたいと感じました。

 

シュレスタまや(しゅれすた まや)

【個人ページはこちらから】

体育専門学群4年/混成・7種競技/大阪・東大阪大学敬愛高校

菅颯一郎(かん そういちろう)

【個人ページはこちらから】

体育専門学群3年/跳躍・棒高跳/広島・神辺旭高校

 

Q筑波大学を選んだ理由は?

シュレ)七種競技が強い大学って、結構限られていて。高校生の頃から出ていた日本選手権で、当時大学2年だったあっこさん(OGの伊藤明子さん)が輝いて見えて、「あぁ、私は筑波大学に行きたいのかな」って高2くらいから思ってた。スポーツ専門のことを学べて、それを競技に生かせる環境があること、それに自分でメニューを考えるっていう練習のスタイルが魅力的で。高校の時は出されたメニューをただこなしている感じだったから、自分で考えて動きたいなと思って筑波大学を選んだかな。

菅)棒高跳びもマイナーだから、強いところが限られる種目で。関東は日体、関西は関学っていうイメージがあったんだけど、競技が終わった後のことを考えた時に筑波が1番魅力的だったんだよね。それで選んだ感じかな。

 

Qいつから陸上を始めましたか?

シュレ)中1から。姉が元々陸上をしていてその影響もあったかも。小学校の時に週1回、部活動っていう時間があって好きな部活を選べるんだけど、4年から6年まで3年間陸上選んだんだ。ちょっとハードル跳んでみるとか、鬼ごっこするとかだから陸上って程のことはやってなかったんだけどね。その時、姉も4種競技で全国大会出たりしてた。

小松)お姉ちゃんも混成で強いんですね!

シュレ)そう。姉も混成選手だったから、中学に入学した時先生に「お前は陸上部だ!」って。(笑)春休みに部活見学に行って一緒にやったりしてたから、そのまま入ったって感じ。ほんとはちょっとバスケ部とかイケイケなとこに入ろうかなって思ってたけど、姉が全中に出てるの見て、陸上部に入って短距離やろうと思った。かけっことかも1番速かったし、走るのも好きだったから。

小松)中学の時からもう混成ですか?

シュレ)最初は短距離で試合に出ながら、夏ぐらいからちょっとずついろんな種目を始めて中2から本格的に4種って感じかな。でも100mとか出たら小学校からやってる子なんかめちゃめちゃ速くて。中1で12秒台とか!私は13秒7とかだったのね、中1の時。だからそこでもう勝てないなって思って4種に種目変更した感じ。

小松)菅さんはいつから始めたんですか?

菅)小5かな。広島って織田記念があって、広島県の小・中学生は地元枠で4継に出れるの。それに呼ばれて最初は織田記念に出て、そこから少しずつ記録会とかにも出始めた。日清カップの広島予選は5年生の時100mで出たかな。でも6年生になって、周りの子達がめっちゃ速くなって俺だけあんま伸びなくて。バネはあったから6年生の時は幅跳びしてた。

中学はたまたま棒高の先生がいて、小学校の頃とか休み時間に鉄棒とかめっちゃやってて得意だったの。だから鉄棒できるし、足もそこそこ速くてバネもあるから棒高いいんじゃん?みたいな感じで、小6の春休みから始めたんだよね。でも左手骨折しちゃって。同い年に小中高一緒でずっと勝ったり負けたりしてる、いわゆるライバルみたいな子がいるんだけど、その子もやってたし俺もやりたいなって思って。最初は骨折してたから片手でやってた。1番初めの試合も片手で出た。記録会だけどね。(笑)

シュレ)超身体能力高い少年だったんだね。(笑)

小松)腕が治ったのは…?

菅)ギプスが取れて完全にやり始めたのは5月前かな。それまでは片手。そっからは記録も伸びてそれなりの成績も出たから、なるがままにここまで来たって感じ。

シュレ)高校とか伸び悩まなかったの?

菅)ないことはないですけど、印象的な出来事はライバルがベストを大幅に出した時のことですかね。高1の5月の記録会の時に相手のベストが4m50で僕もベスト同じで。その時、先にユース標準の4m70を跳ばれたんです。自分はその試合4m30で、めっちゃ悔しかったのを覚えてます。

小松)ちなみに今のベストは?

菅)高3の時の5m10かな。

シュレ)大学に入ってからのベストは?

菅)5mですね。5mは毎年跳んでるんですけどね。

小松)まやさんは伸び悩んだことないんですか?

シュレ)大学に入ってからずっと伸び悩んでるけど、7種を始めたのがまず高校生からだから、7種目のうち何かしらうまいこと伸びてるんだよね。高3の秋、シーズンオフくらいに大きなケガをして手術してから、違和感あったり走り方とか体形変わっちゃったりとかして。そのままズルズル大学まできて、1年生の時は全然ダメで。2年でベスト更新したんだけどそれもたまたまで。3年のシーズンも怪我があったり、治りきらないままきたから、あんまり記録が出なかったかな。でも最近は割と動けてきてるから今年はベスト出したいな。

 

Q今後の目標は?

シュレ)とりあえず9月の全カレと日本選手権で自己ベスト、5500点を出したいって思ってる!全カレは今年が最後だから。今5500点を超えてる子が他大に1人いて、筑波にも強い選手がいっぱいいるし、同じぐらいのレベルの子もたくさんいるわけだから。そういう選手たちに負けないことかな。

菅)来年の織田記念に出ること。高校の時とかまでは親が試合を見に来てくれてたんだけど、大学に入ってからはそういう機会もなくて。結果も残してないし、親が「見に行こうか?」ってなっても、「いやいいよ。」みたいになっちゃうわけ。だから、地元開催の織田記念に出て、見に来てもらえればなって。俺も小さい頃から見てる大会だし、せめて織田記念に出て陸上を終わりたいなって考えてる。

 

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対談の様子は以上になります。

今回の投稿は以下のメンバーが担当しました。

左から

薄田健太郎(中距離4年)

小松真琴(投擲2年)

松尾脩平(短距離障害3年)

次回記事もお楽しみに!