【十人桐色】#14 『トラックを走る自分が考えないこと』宮下哲

「トラックを走る自分が考えないこと」

 

こんにちは。短距離・障害ブロック4年の宮下哲です。

今回のコラムを担当させていただきます。

 

 

あと1ヶ月で卒業というタイミングでこの記事を執筆することになったわけですが、個人的に「4年間の集大成」的なことを書くのは気が乗らないなあと感じるので、今の自分がふと考えたことを綴ります。

というのも、4年間の集大成を書こうと試みて振り返ってみると、当時教訓として学んだと思っていたことが1年後には全く違う考え方をしていたりしていて、あまり結論じみた言い方はしたくないからです。

 

 

何を書こうか考えていたら、なんとなく競技場の光景が浮かんできました。しばらく競技場を訪れていないからでしょうか。競技場といってもスタジアムではありません。トラック種目の経験者が競技場と聞いて想像するのは、大体、赤色のタータンと白いラインです。

 

あの白いラインは、競走をするためには欠かせない存在です。なんといっても、まずレースのスタートとゴールの位置を決めます。スタートの位置は種目によって様々ですが、陸上競技のレースにおけるゴールの位置は基本的に種目間で統一されています。大抵の場合、スタジアムのホームストレート終了地点がゴールです。

 

また、スタートラインとゴールラインと同じくらい重要なラインが、レーンを区切るラインです。このラインがなければ、走者は他者とぶつかったり、最短距離を走れなくなります。100mの走者は、レーンがあるおかげで、考えなくても、数センチのズレもなく100mを走ることができます。このレーンを区切るラインは、100m走者にとっては魔法のガイドラインなんです。

 

100m走者の気持ちになって、このレーンを区切るラインについて考えてみてください。

「そんなのほとんど意識しないよ」って思われるかもしれません。そうです。ほとんど意識されないんです。

大半の走者はラインについては気にも留めずに、ゴールすることができます。

 

走っている間にこのラインがあることを意識するのは、レーンを「逸脱」しそうになった時です。レーンからはみ出しそうになればなるほど、すなわち、このラインに近づけば近づくほど、ラインに対する走者の意識は強くなっていきます。

 

さらにほとんどの走者は、レーンをはみ出しそうになってこのラインを意識した瞬間に、身体をレーンの真ん中に戻すことができます。この調整はほとんど自動的に行われるため、「いつの間にか真ん中に戻っている」という表現が正しいかもしれません。

 

このような自動的な調整をもたらすという点で、レーンを区切るラインは、ぴったり100mを走るための優秀なガイドラインとなっています。

 

 

さて、私はトラックに引かれたラインの素晴らしさを伝えにきたのではありません。私が皆さんに考えていただきたいのは以下のことです。

 

トラックに引かれたラインと同じような在り方の「ライン」は、日常生活の至る所で存在し、私たちの行動を無意識のうちに方向づけているのではないでしょうか。

 

つまり、100mを走る時の両サイドに引かれているラインのように、「越えるべきでない線」の間で私たちは意思決定を行っているのではないかということです。上に述べたように、この線があることも、この線からはみ出さないように調整していることも、普段は意識していません。あまりにもこのラインが当たり前のように引かれているからです。

 

このラインは、自分の中で当たり前となっているルールや規範のことを意味します。

例えば交通ルールです。通常の運転では無意識に守っている法定速度ですが、すいている高速道路などで比較的スピードを出している時ほど気にかけるだろうと思います。

交通ルールのような社会全体に適応されるルールだけでなく、長く所属している組織のルールなんかも、私たちの行動に影響を与えているかもしれません。

規範などの明文化されていないものは、もっとその影響に気づきにくいです。例えば食生活などはどうでしょうか。多くの場合、無意識のうちに「食べ過ぎライン」を設定し、普段の食事量を調整しています。しかし、食べ過ぎだと感じるほどまで食べない限り、今の自分の食事量を気にする人は少ないと思います。

 

重要なのは、この知らず知らずのうちに行っている調整を認知できるようになることだと思います。今の自分の判断基準を見直せるからです。

例えば食事量の例では、自分が無意識に食事量を決めているという事実に気づくことで、初めて食生活の見直しができます。

トレーニングのメニューを考える時も、同じことが言えます。バーベルの挙上重量だけに着目して、レジスタンストレーニングの質を評価していたとすると、「挙上重量が少なすぎる」といった理由などで重いバーベルのトレーニングばかりを採用するかもしれません。しかしこのアスリートが、挙上重量だけでメニューの良し悪しを決めていたことに気づけば、より合目的的なストレングストレーニングを行うきっかけとなります。

 

一生懸命にトラックを疾走しているだけでは、気づけないこともたくさんあります。

一見無駄に見えますが、このように、普段は目をつけないところを検討してみるのも、違った価値観の発見につながって面白いのではないでしょうか。

 

皆さんの中にも、まだ自身が気づいていない基準がきっとあるかと思います。

この「ライン」を意識してみることで、より良い意思決定ができるかもしれません。

 

〇今日のコラム〇

宮下哲(みやしたさとし)

体育専門学群 4年

大阪府出身

大阪府立岸和田高等学校

短距離障害ブロック・障害パート

トレーナー委員会(2018-19年度委員長)