【十人桐色2026】#24「得たもの、与えられたもの。」海道藍真

こんにちは。

跳躍ブロック4年の海道藍真(かいどうらんま)と申します。執筆の機会をいただけましたこと、大変光栄に思います。

手短に自分自身の話をさせてください。
お前のこと興味ねぇよ、という心の声は一度無視して読んでください。

私は今年度をもって大学を卒業し、卒業後は本学の大学院に進学する予定です。

本競技部には、大学院生であっても気兼ねなく活動できる環境が整っており、大学院へ進学した後も競技を継続するという選択は十分に可能です。

 

しかし、私は今年度をもって、競技部から退く決断をいたしました。

 

理由はひとまず脇に置きます。

ただ、そのような節目に立ったとき、広報委員会から執筆の依頼をいただきました。4年間の集大成として少しでも格好のつく文章を書こうとパソコンに向かっています。自らの輝かしい功績を綴ろうか、はたまた泥臭い努力の日々を記そうか。そんなことを考えながら4年間を振り返りました。しかし、思い起こされたのは、

 

試合を終えてスタンドに行くと、どんな結果であれ受け入れ、声をかけてくれた両親のこと。

試合の結果を誰よりも楽しみにしてくれた祖父母のこと。

時にはバカ話をし、時には顔つきを変えて競技に取り組む同期たちのこと。

うまくいかない私を励まし、ご飯に連れ出してくださった先輩方のこと。

私の拙い話を真剣な眼差しで聞いたかと思えば、舐めた態度で接してくる後輩たちのこと。

競技について議論を交わし、時には人生相談にまで乗ってくださったコーチ陣のこと。

 

自分が続けてきた陸上のはずなのに、不思議と脳裏に浮かぶのは、誰かの面影でした。自分が競技をしている場面が出てきたのは最後の最後です。

私は、間違いなく自分のために競技をしてきました。中学から10年間にわたり跳び続けてきたことも、ここで競技を引退することも、全て自分のための選択だったと思います。でも、何もかもうまくいかなかったあの日に、全てを投げ出したくなったあの日に、自分を突き動かしたのは、誰かの存在だったのかもしれません。

もちろん、最終的に競技に向き合い続けるかどうかを決めるのは、いつも自分自身でした。自分が頑張ったから得られたものがあるのも、否定しようのない事実でしょう。

しかし、自己ベストを出した瞬間の、あの形容しがたい感情を思い返してみてください。もちろん自分自身の努力も一要素としてはあったけれども、そこには自分と同じように喜んでくれる家族や仲間の存在、コーチや仲間のサポート、そして練習に取り組める環境が、必ずあったと思います。どれか1つが欠けていたら、果たして同じ感情になったでしょうか。

そう考えると、自分自身が「得た」と思うものの土台には、いつも誰かに「与えられた」ものがあったと感じさせられます。

むしろ、与えられたものの中にしか、得られたものはなかったのかもしれません。

皆さんの中には、この部で多くのことを得たと感じている人も、きっと多いと思います。でもその背景には、数えきれないほど多くの「与えられたもの」があることを、どうか忘れないでいてほしいと思います。

そして、これは部活動に限らず、大学生活、あるいは社会生活にも通ずることではないでしょうか。だからこそ私は、これからも傲慢さを捨て、謙虚な人間であり続けたいと思います。

とりとめもなく綴ってきましたが、卒業を目前にして溢れ出る感情を一言で表すならば「感謝」です。ありきたりな言葉かもしれません。しかし、私がここに至るまでに関わってくださった一人ひとりが、そして、与えてくださった一つひとつが、この一言には静かに息づいています。

これまで関わってくださった方々へ、そして見えないところで支えてくださった方々へ、心から感謝いたします。

これからは、筑波大学陸上競技部の一人のOBとして、そして一人のファンとして、皆様のさらなるご活躍を願っております。