はじめまして。今回「十人桐色」の執筆の機会をいただきました、投擲ブロック2年の近藤湊と申します。

自分が書いた文章を多くの方に読まれると思うと緊張してしまいますが、温かい目で見ていただけると嬉しいです。
まずはじめに軽く自己紹介をさせていただきます。
私の「湊(みなと)」という名前は、女の人では珍しいからか、名前だけを見たことがある方にはよく男の人だと間違われてしまいます。
この名前は「港」と同じ意味(交流の拠点となる場所)を持つことから、「人との出会いに恵まれた人生になりますように」という願いを込めて両親がつけてくれました。
初めて会う方に自己紹介をすると、よくかっこいいとか素敵だねと褒めていただける、とてもお気に入りの名前です。
そんな私は長崎県南島原市出身です。市内でも特に自然豊かでのどかな田舎の町で生まれ育ちました。野菜も魚もおいしくて、人の温かさを感じられるこの場所が大好きです。
この町でのびのびと育ち、中学校入学とともに陸上競技を始めました。
ここから私のこれまでの陸上との関わりについて話させていただきます。
友人の誘いで何気なく入部し、小学校でやっていたバレーボールの影響で肩が強いからという理由で砲丸投を勧められ、そこから投擲の世界に飛び込みました。練習を積んでいくことで記録がどんどん伸びていくところに楽しさを感じ、続けていくうちに全国の舞台でも勝負ができるところまで結果を残せるようになりました。そしてやるからには日本一になりたいと考えるようになっていきました。
進路を選択する際に、この目標を達成したいという思いはもちろんありましたが、自分なりに学業も両立させていきたいという思いが強くありました。そこで、競技力向上だけでなく学業にもしっかりと向き合い、何よりも人間力の成長に重きを置いた考え方をもっている長崎日大高校の陸上部に入ることを決めました。それと同時に、自宅から学校に通うとなると帰る時間が遅くなること、それによって勉強の時間が削られてしまうことから、自宅を出て下宿生活を送ることにしました。今考えてみると、このときの高校から親元を離れて生活をするという大きな決断をしたことは、私にとって転機だったと思います。この経験があったからこそ、今でも大切にしている「簡単にはめげない、やると決めたらとことんやる」の精神が芽生えてきたのだと思います。
高校では砲丸投はサブ種目にしてやり投を専門種目にしていきたいと思っていましたが、肘の怪我で手術をし、そこから思うように回復することができませんでした。このとき、何もかもがどうでもよくなり、自暴自棄になっていたと思います。それでも陸上を続ける選択をし、なかなか治らない肘から指先への痺れと戦いながら、高校最後の冬季練習までやり投で勝負したいと思って必死に練習していました。
ですが、高2の2月に新たなコーチとの出会いがあり、最後のインターハイはサブ種目としていた砲丸投で勝負をすると決め、結果インターハイと国スポで入賞することができました。

正直このように紆余曲折を経たことを踏まえると、ここまで結果を残せたことに満足した自分がいたのも事実です。ですが、顧問の先生からの勧めがあったこと、日本一になるという目標を思い出したことから、筑波大学に進学して競技に向き合い続けることを決めました。
競技を引退してたくさんバイトをしたり、友達と色々なところへ旅行に行ったりするような大学生活を送ることを夢見た時期もありました。ですが、今のこの選択が私に合っているんだろうなと感じる瞬間は多々あります。

筑波大学への進学を志したときから、この競技部に在籍する先輩方の競技力の高さは十分理解していたはずですが、いざ入学して目の当たりにしてみると、その競技力の高さの裏には競技力以上の人間性の素晴らしさが詰まっていることを知りました。高校の時に「競技者たる前に良き人間たれ」をスローガンとしている部に所属しており、人間力は競技力以上に重要になってくることはよく学んできたはずでした。ですが、実際にそれを体現している方に多く出会えたことで、この考え方がどれだけ重要なことであるのか、自分が目指したい姿はどのようなものなのかを再認識することができました。
ここからは今触れた大学での気づきも含め、私が練習以外に競技力向上において必要な要素だと思って大切にしてきたこと、これからも一貫して大切にしていきたいと思っていることを綴らせていただきます。
「やると決めたからにはとことんやる」
私は物事に中途半端に向き合うのが嫌いで、納得いかなかったことをズルズルと引きずってしまう性格からか、自分でやると決めたのであれば全力でやり切りたいという思いが強い方だと思います。そのために、優先順位を明確化することや自身が行った決断に責任を持てるか自問するということを大事にしています。時にこれらが自分を苦しめる方向に働き、自分で自分の首を絞めてしまうこともありました。ですがこれは強みであると考えているため、苦しい状況でもまずは全力でもがいてみるようにしています。
そうすることで後からもっとこうしておけばよかったなといった思いをする場面を減らすことに繋がり、自信を持って試合に臨めることが増えたと感じています。
「陸上と日常生活はつながっている」
この考え方の大切さについては、中学でも高校でも、そして大学でも身に染みて感じてきました。授業にきちんと出席する、居眠りをしない、提出物の期限を守るなど、これまで多くの先生が口にしているのを何度も何度も耳にしてきました。他にも、当たり前だと言われることを当たり前に行うことが、試合でのいざという場面でメンタルの強さに繋がること、これらを徹底することで周囲の人からの信頼を生み、自分を応援してくれる人が増えていくことを教わりました。
そのため、自分を律することは学生のときでも社会人になっても大事なことだと捉え、これらができなくなりそうな時は、目先の楽さではなく今後の自分にとってはどの選択が良いかという視点で考え、動くように意識しています。
大学という良くも悪くも自由な環境に身を置いているということを自覚し、この環境の中でも自律することが、人として、競技者として強くなるための方法だと思っています。
ここまで私が大切にしている考え方を述べさせていただきましたが、これらを行ったからといって100%記録が伸びるとは思っていません。ですが、これらのような何かに必死に取り組む姿を通して自分自身を知ってくれる人が増え、その人たちとの繋がりによって新たな知識や考え方を得ることができるのではないかと思っています。そしてそれが記録向上へのヒントとなるかもしれません。
このように直接は関係がないことでも、陸上の練習以外での行いが巡り巡って競技の結果につながっていくと思っています。また、ここで培った人間力は競技を引退した後にも残るものであり、これから生きていくうえで役に立ってくると考えています。
以上が私が大切にしていることですが、これらを通して競技の結果だけではなく、人間性の部分も含めて多くの人を惹きつけ、応援してもらえる選手になることが私の理想です。これを現実にして目標である日本一になれたときに、関わってくれた方々からおめでとうと祝福してもらえるよう、残りの競技人生を全うしていきたいと思います。

途中でも触れたように、この競技部には人間力も競技力も非常に高いものを持った方々が多く在籍しています。世界で戦っている人や日本のトップで戦い続けている人、人として尊敬できるところが多くある人など、素晴らしい方々が身近にいる環境に身を置けていることに感謝をし、この環境を十分に活かして成長していきたいと思っています。そのために常に謙虚さを忘れず、競技に向き合い続けていこうと思います。
まとまりのない文章となってしまいましたが、私はこんなことを考えているんだなと思っていただけていれば嬉しいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
投擲ブロック2年 近藤湊