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【十人桐色】#37 『”心地良い違和感”を大切にする』木塚宙敬

『“心地良い違和感”を大切にする』

こんにちは。

今回コラムを担当させていただく中距離3年の木塚宙敬です。

このたび光栄にもコラム執筆の依頼をいただきました。とても嬉しい思いがある反面、あまり長い文章を書くのが得意でないので不安もあります。案の定、パッと書くことが思い浮かばなかったので、兵藤さんに言い訳して〆切をギリギリに伸ばしてもらいました。ごめんなさい。頑張ります。稚拙な文章ですが、どうかお付き合いください。

 

<起>

僕の好きな言葉に“心地良い違和感”というものがあります。なかなか聞きなれない言葉でしょう。(サカナクションファンなら知っているはず!)まず“違和感”というのが良い響きの言葉ではない。不快なもの、邪魔なもの、あまり感じたくないものとしてある。それが心地良いとはどういうことでしょうか。

 

私にとって“心地良い違和感”とは、それを“違和感”=自分のことを導いてくれるものとして捉えることから始まります。

一見、理解し難い、受け入れ難いと感じる“違和感”に首を突っ込み、取り込むことで、今まで自分には出来なかった考え方や、視点を得ることができる。自分自身をレベルアップするきっかけになるのです。それを“心地良い違和感”として表しています。

 

<承>

私はいつも、誰かと会話することで“心地良い違和感”を手に入れています。それがお酒の席であればなおさらです。卒業されてしまいましたが、宮下さんや大橋さん、大蘆さん、茂さん、また同級生の枝川くんや荒川くんなどからはとても多くの“心地良い違和感”をいただきました。この場を借りてお礼を言わせてください。

会話することと関連させれば、読書という行為も他者(著書や主人公)との会話になるでしょう。

例えば、井上靖の『敦煌』を読めば中国西域に広がる砂漠で駱駝に乗った商人と話すことも、カフカの『変身』を読めば巨大な蟲になって社会を見つめることもできます。同じ作品を読んでいても、人によって捉え方は違います。いろんな“心地良い違和感”が手に入ります。

 

<転>

そんなこんなで“心地良い違和感”を意識しながら、狭い視野をあらぬ方向に広げつつ、レベルアップしてきたつもりです。が、実際のところ後悔の連続だったように感じます。ついこの間も人生が変わるかもしれない絶好の機会を逃しました。今思えば、拾いきることが出来なかった“違和感”がたくさんあったと後悔しています。後悔してもしきれません。まさしく後悔先に立たず。

この間、読んだ本で印象に残った文章がまさしく私の気持ちを代弁してくれていたので、ご紹介します。

 

「生きることは、たえずわき道にそれていくことだ。本当はどこへ向かうはずだったのか、振り返ってみることさえ許されない。」―『断片』カフカ

 

かなり厳しい言葉のように思えますが、その通りだと感じます。

私たちがどんなにそれを忘れようとしながら前に進んでも、後悔は必ず現れる厄介な存在です。いくら「後悔しないように」と思っていても、必ず顔を出してくる。最良だと思っていた選択も、実はわき道で、あの時こうすればよかった、こっちの選択をすればよかったとなる。

でも今立っている場所、道、レーンをひたすら前に進むことしかできない。後戻りは許されません。皮肉なことに、自分にはたくさんの選択肢があったことに気づくのは、それを通り過ごしてしまった後のことです。

その証拠に「君にはたくさんの可能性があるぞ!!」と声をかけてくれるのは、先生や先輩、その辺にいる酔っ払いのおじさんたちです。年下からは聞かないでしょう。先人たちはたくさんの可能性を見逃してきたからわかるのです。

 

ではなぜ先生たち大人は、その見過ごしてきた道や行き止まりを教えずに、“無限の可能性”だけを教えるのでしょうか。我々の未来に責任を持ってくれるわけでもないのに。

幸いにも、私の周りには少し悪い大人たちがいて、“可能性”だけではなく“限界”を教えていただきました。「筑波大学の体育専門学群には来ない方がお前のためだ」と本気で言ってくれた人たちは他にいません。結局、体専に入学してしまったので、その言葉通りにしておけばよかったと後悔するのはまだ先です。

 

<結>

わき道にそれ続け、一年間浪人してまで筑波大学に入学し、中学校でなんとなく始めた陸上競技をここまで継続してきました。その過程でやっと気づけたことがあります。

それは、

何事かを成し遂げようとして努力することができるのは、努力する環境を整えてくれた誰かのおかげであるということ。

自分を強く信じることができるのは、自分のことを励まし、褒めてくれていた誰かのおかげだということ。

私が努力するためには、誰かの努力に大きく依存しなければいけないこと。

ただ自分を信じて、自分との闘いをしているだけではいつか限界がくる。

 

とても当たり前のことですが、自分はずっと気づくことができていませんでした。もっと早く気づいていれば、ただの“違和感”として残り続ける後悔はもっと少なかったし、より多くの人に感謝の気持ちを伝えることができたと思います。

 

最後になりましたが、今まで私を支え続けてきてくれた人に感謝の気持ちを込めて、

―後悔しない人生を送ります!!―

 

ここまで読んでいただきありがとうございました。

このコラムを読んだ誰かが一つでも“心地良い違和感”を見つけることができていればと願っています。

 

〇今日のコラム〇

木塚宙敬(きづか ひろたか)

【個人ページはこちらから】

体育専門学群 3年

茨城県出身

茨城県立竹園高等学校

中長距離ブロック・中距離パート 800m

トレーナー委員会