【リレーブログ】#25 『人生やなぁ』池田昌史

まだまだ暑中お見舞い申し上げる今日この頃ですがいかがお過ごしでしょうか。

皆様はじめまして!まる(丸山正靖)からご指名いただきました短距離障害ブロック短長パート4年の池田昌史(いけだまさし)と申します。

まるからはD進(博士進学)することにされていますが、まるもドクターになるので実質D進仲間ですね!(?)将来病床に伏したときは彼に老後のお世話をしてもらおうと思います。医療費お安くしておいてください。

チーム三重(?)中央がまる、右が私(左は悠)

 

(前回担当、丸山のブログはこちら

 

皆様わたくしのことをご存じないと思いますので簡単に自己紹介をさせていただきます。

出身・出身校】奈良県 平城高校(閉校)

種目・PB】400m 48.84

性格】考えすぎ、(派生して)ネガティブ思考だけど優しい(友人談)

趣味】You Tube(東海オンエア)、音楽鑑賞(最近の推しはLucky Kilimanjaroの「Burning Friday Night」)、ゲーム(にゃんこ大戦争)

好きな女優】清野菜名(「日ぐら」最高)

とまあごくごく普通の大学生です。

私は先日行われた関東甲信越国公立大学体育大会にて競技を引退しました。

引退した身の上でありながら、リレーブログを担当することになり、前任の方々が素晴らしい作品を執筆している中、自分には何が書けるだろうと考え、ハイパー自分語りならできるだろうと思い至りました。(折角主将も許可してくれていますしね^_☆)

駄文駄文の連続かと思いますが、どうか温かい目で見守ってください。

突然ですが、私は死ぬのが怖いです。早速なんなんだとお思いの方が少なくないと思いますが、安心してください、私もそう思います。

この感情を持つようになったのは中学生のころでした。思春期真っ只中の多感な時期、池田少年はにもあれやこれやと考え込んでしまう時期訪れます。その時、“誤って”人の一生について考えてしまいます。

自分はどこから来て、どこへ向かうのか、何のために人は生きるのか、自分の命とは、前世は、来世は、うんぬんかんぬん・・・

考えすぎる性分の池田少年、考えこむときりがありません。そこから漠然と死への恐怖が生まれることになるのです。それから物思いにふけるとそこそこの確率で死ぬのが怖くなりました。陸上のこと、将来のこと、自分のことなど、ジャンル問わず最終的には死ぬのが怖くなって強迫観念にかられてしまいます。緊張で色々考えてしまう試合前日の夜も例外ではありません。(睡眠時間削れるんですよね。。。)

余談ですが、高校時代陸上部で自分と同じ思いを持っていた友人(S.K君)と出会ったときは感動したものです。(最近同期にも1人仲間を見つけました、ありがとうN山君)

ただ、大学生になると徐々に抗体が生まれます。最初は強引に押し込めるようになってきました。しばらくすると、「死ぬのが怖いなら、いつ死んでも後悔しないように現在(いま)を生きるしかない」と思うようになりました。

そして、大学4年のある初夏の日。池田青年はn回目の物思いにふけります。

自分の将来のこと、陸上のことなど、主に、これまでの陸上人生について振り返っていました。小学2年生のころ兄にくっついて陸上を始めたこと、色々わたり歩いて幅跳びをするようになったこと、ひょんなことから幅跳びから400mに転向したこと、400転向後初の練習がとんでもなく辛かったこと、1年次の県ユースでの400m/走り幅跳びの2冠など色々あったよなぁと。

(また余談ですが、2017年の近畿ユースのリザルトをちらっと拝見した時、見覚えのある名前が多くありました、良ければこちらからどうぞ)

幅跳びをしていたころの池田(2015)(助走中の人です)

 

同様に、大学陸上のこともあれこれ振り返りました。

インカレで闘えるような選手になることを夢見て名門・筑波大学に入学したことや色々な怪我(特に毎年アキレス腱の怪我)に悩まされPBを更新できずにいたこと、周りはどんどんPBを更新していたことなど。新型コロナの集団感染を引き起こしたこともありました。

特に、大学3年時の怪我は順調に練習を消化でき、いよいよPB更新をというところでの怪我だったので、精神的にかなりこたえました。自分では何もなせないのだと深い自己嫌悪に陥りました。競技場に行ってみんなに会うのもつらかったです。実際、競技場から雨天に逃げ込んだこともしばしばありました。とまあ良くないことだけ挙げると池田青年の大学陸上は惨憺たるもののように思えます。

ただし、池田青年の大学生活は茨ばかりではありませんでした。

そんな自分を見捨てず指導してくださった先生方、一緒にケツワレして、もだえ苦しみ、互いに鼓舞し合った短長の愉快な仲間たち、何かと気にかけてくれる先輩方、楽しい時、苦しい時を共有し合った同期、自分を慕って(くれてたらうれしい)くれる後輩たち、帰省したら遊んでくれる地元の友達そして、遠くから応援し続けてくれている家族・・・

わたくしの大学生ライフは多くの人達に支えられて生きてきました。

余談ですが、友人たちと熱い話をするときに、「自分の手に収まる人には幸せでいて欲しい」とよく言います。(熱い漢感)そう思える人のいる人生、なんやかんや頑張れるような気がしてきませんか?

なかまたちといっしょ(抜粋)

話を戻します。

こんなことを考えているといつもなら「死ぬのが怖く」なってしまいますが、この時は違いました。私の思う「死ぬのが怖い」というのも、今この瞬間が楽しくて、この時間が終わるのが嫌なのではと思うようになり、死ぬのが怖い=今世が素晴らしいという自己解釈に至りました。(なんか哲学っぽいですね、知らんけど)正直死ぬのはまだ怖いですが、こうして死ぬのが怖い自分を受け入れられるようになりました。

惨憺たるものだと言った大学陸上も先日の筑波大記録突破会にて、高校2年以来、約5年ぶり(正確には4年10か月19日ぶり)に自己ベストを更新できました。これまでの色々な思いがこみ上げ、自然と涙が溢れてきました。PB更新を自分事のように喜んでくれて、ともに涙を流してくれる仲間に囲まれてとても幸せでした。(この時ばかりは「今日の俺かっけ~」とか思ってしまったので、ぜひ私を褒めてください、もれなく喜びます)

このガッツポーズいいですねぇ(自画自賛)

また、かねてより引退試合と決めていた関甲信では、更なるPB更新とはいきませんでしたが、400mで2位、4×400mRで1位と花のある終わり方ができたかと思います。凡な私ですが、数え切れないほど多くの支えの中で、15年の陸上競技を全うすることができました。

こんな人生も悪くないものですね。

(理想を言うとバンバン自己ベストを出して、インカレで活躍したかった人生ですが、これは別の世界線の自分に頑張ってもらいます)

マイル予選・決勝繋いでくれた後輩たちに感謝

人生やなぁ

タイトルにもあるこの言葉ですが、これはインカレの時、主事のS藤T洋くんと救護として参加したときによく話した言葉です。良いことも悪いことも、嬉しいこともつらいことも全てひっくるめて「人生やなぁ」としみじみと思います。インカレは人生をより強く感じられる場所でした。ベストを更新して周りと喜びを分かち合うのも人生ですし、きつい練習で地べたをはいつくばっている時も人生です。死ぬのが怖い時も、怪我でリハビリしている時も、インカレなどでサポートに回っている時も、仲間とバーベキューしてわいわいしているのも、卒論に追われ追いかけるのも人生です。(他にもいっぱい)

「人生やなぁ」仲間(左:主事、中:私)  BBQな人生

人の数だけ人生があります。(当たり前)

疲れたときはコンビニの一番高いアイスを食べたり、歌で発散させたり、友達とワイワイ騒いだり・・・サウナで整ったりしてもいいですね。

こうして地球は回り回っていますし、人々は今も生きています。

私はこれからも死ぬのが怖い自分とともに悩みながらも人生していこうと思います。

皆さんも人生しましょう。

皆さんのこれからに光があらんことを

深そうで深くない、でももしかしたら深いかもしれない文言で締めとさせていただきます。

長きにわたる駄文に余談、大変失礼いたしました。そして、最後まで読んでくださった方々、貴重な時間をくださいまして、誠にありがとうございます。

限りなく需要のないテーマでしたが、何か刺さるものがありますと幸いです。

次回は、短距離障害ブロック3年の菅野航平です!彼はインテリ清楚系イケメンですが、どうやら頭のネジが外れているようです。彼の名誉のためにここは押し黙っておくことにします。いつも下らない発言を拾ってくれてありがとう。彼とはアキレス腱炎仲間でもあります。ご自愛してくださいね♡幾度の怪我を乗り越え、先日49秒台の自己ベストを更新して躍進を続ける航平には、生態・行動・思考の全てを丸裸にしてもらいたいと思います。お楽しみに!!

黄色信号担当の航平(左から、まる、航平、私)

 

池田昌史(いけだ まさし

【個人ページはこちらから】

体育専門学群 4年

奈良県/平城高校

短距離障害ブロック/400m

トレーナー委員会