短距離障害ブロック 応用理工学類4年小野寺絢美です。専門種目は100m、200m、400mでした。出身は北海道です。
今回、執筆の機会を下さった広報委員会の方ありがとうございます。貴重な機会をお世話になった方や不特定多数の方に感謝を伝えるために使わせて頂きます。
私は今南米にいます。ぽかぽかで陽気な人ばかりといいですね、卒業式までには戻ります。限られた人生で、知りたいことは沢山あり時間はいくらあっても足りません。そんな中で皆さんが陸上競技を始めたきっかけ何ですか。
私が陸上を始めたのは、小学6年生のときテレビで放映されていた全国陸上小学生大会をたまたま見たのがきっかけでした。今でもビビッと来たのを覚えています。そして中学校に入学すると同時に陸上を始めました。当時の憧れの選手は同じ北海道 十勝出身の福島千里さんでした。福島さんがもっている地元のあらゆる大会記録を更新するために、中学から高校まで躍起になって走っていました。気づけば高校ラストイヤーではインターハイの200mで準優勝をすることができました。レース後に冷静になって思ったこと、大学はどこに進学しようということです。次に皆さんはなぜ筑波大学に進学を決めましたか。

陸上はじめたての中学時代
私が筑波大学に決めた理由は、陸上と理工学の研究が高いレベルで出来るのはこの大学しかないと思ったからです。陸上に集中すればいいと周りの人に説得されそうになり、自分でもそう考えました。ただ大学で陸上が思うようにいかなくても大学に通う意味が陸上以外にあれば、苦しくても陸上を続けられる。陸上以外に熱中できるものがあれば遠回りでも自分を助けてくれると考え受験を決めました。
けれど思うようにいかない瞬間というのは想像よりずっと早く来ました。入学して2週間ほどで、ハードルドリルの練習中に右膝の前十字靭帯を損傷しました。大学1年目からバリバリ走るつもりで机に向かった時間が無駄になったと感じました。やりきれない感情をどこにぶつければいいかわからず大学自体を辞めたいとさえ思いました。そんな私に短距離ブロックの谷川先生、前村先生、トレーナーの方々、附属病院の先生は復帰への道のりを示してくれました。またろくに外に出歩くことができない私のために日常品や食料などを届けてくれる先輩や同期の存在がありました。その他にも沢山の方のおかげでこの大学で陸上を続けたいと思えるようになりました。感謝の気持ちでいっぱいです。
復帰した後も感覚でしか走ってこなかった私には変化した自分の身体に適応するのは困難で、辞めたいと思う瞬間は何度もありました。この競技部の魅力は大学から競技を始めたという選手から世界で活躍する選手まで幅広い選手層にあると思います。そんな皆さんが練習している競技場を見渡すと、辞めたいという気持ちをごまかすことができました。それぞれのバックグラウンドは違い、当事者にしかわからない難しさの中で戦っていることが伝わってくるからです。大会では数字で一律に比較されますが、それだけでは評価しきれないものがあると感じます。そんな不特定多数の方々に勝手に勇気づけられていました。ありがとうございます。

復帰戦 レース後 前村先生と
ただ4年間続けるだけで自己ベストを更新することも、それと近い記録を出すこともできませんでした。競技者である以上お世話になった方々や、家族に速く走っている姿を見せてあげたかったです。結果で恩返しがしたかった。それは考えることを怠った、周りを上手く頼れなかった私の責任です。4年間を振り返り反省点を挙げるときりがありませんが、それは明日の糧とします。
春からは大学院に進学しやっと本格的な研究を始めます。不器用な私なりに周りの力を借りて、よく考え楽しみながら進んでいこうと思います。私の中で不思議と納得しているので陸上競技をすることはこの先ありません。ただ大切なものに変わりないので、巡り巡って陸上競技と関わることがあれば幸いです。
私が陸上を続けることができたのは多くの方に楽しい、嬉しいと感じる思い出をもらい支えられたからだと思います。最後に改めて私の陸上競技人生に関わってくださった全ての方に心より感謝申し上げます。
そして筑波大学陸上競技部に関わる多くの方の競技人生に幸多かれ!
