皆さん、初めまして。男子長距離ブロック2年の小林晴琉です。
簡単に自己紹介させていただきます。出身は愛知県豊橋市の時習館高校です。母校は敷地面積が全国の普通科の公立高校の中でトップクラスに広く、さらにアニメ「負けヒロインが多すぎる!」の聖地としても知られています。私の地元の良さが詰まっているアニメです。「負けヒロインが多すぎる!」ぜひ一度ご覧ください!

今回、十人桐色の執筆を依頼していただき、何について書こうか、かなり悩みましたが、私自身の経験とその経験から得た教訓について書きたいと思います。昔から、文章を書くことがあまり得意ではなく、拙い文章ですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。
私は高校3年の1月共通テストと同日に開催された都道府県対抗男子駅伝に出場し、1週間後に追試日程で共通テストを受験し、無事筑波大学に合格しました。
まずは、こうなった経緯を軽く説明させていただきます。
5月 県総体の前に膝を負傷→無理やり出場するも敗退
7月 怪我から復帰(県駅伝で6位に入り、東海駅伝に出場することが目標)
11月 県駅伝で7位、東海駅伝出場を逃す
→1週間後の都道府県駅伝の選手選考を兼ねた5000mの記録会に高校最後のレースとして出場→大幅自己ベストで都道府県のメンバー圏内に(14分45秒→14分19秒)
1月 選考を勝ち抜き、都道府県駅伝に出場

といった感じでしょうか。わかりづらく申し訳ありません。
11月の記録会の後、母が大学入試センターに問い合わせてくれたことで、都道府県駅伝を理由とした共通テストの追試日程での受験が可能と知りました。インターハイ路線と駅伝で満足のいく結果を出すことができなかったこともあり、チャレンジすることを決めました。
本番の結果自体は区間25位と、真ん中よりも少し下ぐらいでしたが、私はこの選択をして心からよかったと思います。
この選択がよかったと思える要因の一つに、無事筑波大学に合格したことがあげられます。もし、受験に失敗していたら、「都道府県駅伝を走る」という自分の選択に多少なりとも後悔していたと思います。

この一連の経験を通して私が得た教訓は「自分が決めた道は自分で正解にするものだ」というものです。言い換えると、自分の選択を後悔しないために、自らの選択に責任を持ち、努力と行動で正解に変えていく、みたいな感じです。
私の経験では、「都道府県駅伝を走る」という選択を「受験の失敗」によって後悔しないように、勉強も疎かにせず、筑波大学に合格する、という風に当てはめられると思います。
大学入学後もこの教訓は私を支えてくれました。練習がきついなと感じるときも、「自分が決めた道だから」と言い聞かせ、乗り越えることができました。日々の練習を乗り越えていくうちに、あっという間に大学1年目は終わってしまいました。私はほかの人に比べて受験期間が短かったアドバンテージを活かし、1年目から箱根駅伝の予選会に出場することができました。しかし、本戦出場には程遠い結果に終わってしまいました。予選会後は、目標と現状のギャップの大きさに落ち込むこともありましたが、「筑波大学で箱根駅伝に出場する」という目標を持って入学した私の選択を後悔しないように、正解にできるように、これからも頑張っていきたいと思います。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
