【十人桐色2026】#44「執念」丸子晴樹

今回担当させていただきます、男子長距離ブロックM1の丸子晴樹です。

院生になっても競技部に残っているので、「なんでまだ走っているの?」と聞かれることが多々あります。せっかくの機会なので、その理由も含めて、4年間競技を続けてきて自分が一番大事だと感じたことを書いてみようと思います。

まずは簡単に自己紹介を。出身は山形県南陽市です。自然が多くて、ご飯がおいしいところです。今は理工系の大学院で高性能なコンクリート構造物の研究をしています。気付けばすっかり研究漬けの毎日になりました。

さて、本題です。自分が筑波大学に入学したときの5000mのベストは15分38秒でした。正直、箱根駅伝を目指すには非常に遅いタイムです。でも、高校時代は専門的に練習できなかった分、「大学では本気で陸上に挑戦したい」という気持ちだけは誰にも負けないつもりでした。

筑波大学を選んだ理由もそこにあります。特別な実績がなくても挑戦する機会を与えてくれる環境がある。これは本当に筑波大学のいいところだと思っています。

もちろん、入部したからにはチームの一員です。「挑戦させてもらえる」だけで満足するつもりはありませんでした。自分の中では「2年目までに14分45秒を切れなければやめる」くらいの覚悟で競技を続けていました。

1年目の練習は本当にきつかったです。先輩の背中を追いかけるだけで精一杯でしたし、練習が終わるとそのまま動けなくなる日も何度もありました。恥骨の炎症も経験しました。それでも「いつか追いつきたい」「絶対に強くなる」という気持ちだけは持ち続けました。すると少しずつ結果が出始めて、秋には14分台まで自己ベストを更新することができました。

<初14分台>

2年目には初めて箱根駅伝予選会を走るチャンスをもらいました。

当時は、「このチャンスだけは絶対に逃したくない」と本気で思っていました。勢いで坊主にしたのも、そのくらい気持ちが入っていたからです。結果はチーム内最下位。期待された役割もまともに果たせず、とても悔しかったです。

<気合の坊主>

「来年こそは自分の走りで予選突破を」という気持ちから、冬は今までで一番走りました。ハーフマラソンでは自己ベストも更新できました。

ところが、その直後に疲労骨折。

思うように走れない日々が続きました。

今振り返れば、あの期間は競技人生で一番苦しかったかもしれません。走れない焦りもありましたし、「このまま終わってしまうんじゃないか」と思ったこともありました。それでも、補強や動き改善、体の勉強など、自分にできることを続け、結果的に競技力に繋がりました。この時期を通して「走ることだけが努力ではない」ということを学んだ気がします。苦しい時期を乗り越えて、3年目も予選会のスタートラインにこぎつけることができました。

<復帰して臨んだ予選会>

4年目になると、今度は研究との両立が課題になりました。

朝練をして、研究室に行って、夕方から練習して、また翌日。そんな日々の繰り返しでした。夏合宿にもほとんど参加できず、正直「もうメンバー入りは難しいかな」と思ったこともありました。それでも最後まで諦めずにやれることだけを続けた結果、予選会前日に最後の一枠でメンバーに選んでもらえました。思い通りのレースではありませんでしたが、4年間やりきったと思いました。

<最後の予選会、同期と>

振り返ると、自分は3年連続で予選会を走りました。記録だけ見れば、出走しただけですごい選手ではありません。

でも15分38秒からスタートした自分がここまで来られたのは、才能ではなく、予選会に懸ける「執念」だったと思っています。

だから後輩のみんなにも一つだけ伝えたいことがあります。

「最後は、やっぱり執念」です。

「執念」は気合いだけではありません。日々ジョグや補強を積み重ねること。故障しても腐りきらないこと。ケアを徹底すること。ちょっとした事の積み重ねが執念なのだと思います。もちろん練習方法も大切ですし、データや理論も大事です。でも最後の最後に苦しいところで踏ん張れるのは、「どうしても達成したい」という気持ちだと思います。

これから全カレや駅伝に向けた夏合宿、予選会と大事なシーズンが続きます。苦しい時ほど「自分は何に執念を持っているか」を一度考えてみてください。そして、その執念が行動に落とし込めているでしょうか。その問いを忘れなければ、きっと強くなれると思います。

自分は選手として箱根駅伝を走ることはできませんでした。しかし、筑波大学が箱根駅伝に出場する夢はまだ終わっていません。私自身このチームには本当に成長させてもらいました。だから今度は、自分が少しでもチームの力になりたいと思っています。

入学時15分38秒だった自分でも予選会のスタートラインに立つことができました。その経験を少しでも後輩たちに伝えながら、これからも一緒に練習し、筑波大学の箱根駅伝出場という目標に少しでも貢献できればと思っています。

<後輩たちと切磋琢磨>

まだまだ競技場で一緒に頑張っていきましょう。

長くなってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。