【十人桐色2026】#45「板井赳磨って誰?何してる人?怖いんですけど!」板井赳磨

怖がらないで大丈夫。安心してください。

写真1:こいつが板井赳磨(以下、文章でご説明いたします)

はじめに

高校生の頃から、筑波大学陸上競技部のブログを読んでいました。

競技を始めたきっかけ、思うように記録が伸びなかった時間、最後の大会に向けた決意。その人にしか書けない文章を読むたびに、何度も心を動かされてきました。

ただ、いざ自分の競技人生を振り返ろうとすると、あまりにも紆余曲折の支離滅裂。どうも一本道では語れません。少し変則的な経路でこの部にたどり着いた人間が、自身の競技人生を時系列に沿って語るくらいなら、いっそ質問に答えてみてはどうだろうか。

学問に携わる者の端くれとして、古代ギリシアの哲学者ソクラテスにならい、競技場でよく聞かれる質問や、今回寄せていただいた質問に対して、問答形式で話を進めることにします。

Q1. 板井赳磨って誰?何してる人?

こんにちは。跳躍混成ブロック棒高跳パートに所属している、板井 赳磨(いたい きゅうま)と申します。

博士後期課程の2年生で、スポーツ医学の研究をしています。

筑波大学には大学院(修士)から入学しました。入学後は一度テニスサークルを経由し、修士課程の途中(修士1年の12月)から陸上競技部に入部しました。

また、昨年度までは、地元である栃木県の大学で、医学部・看護学部の非常勤講師として教育活動に携わってきました。

現在は、博士学生を対象とした研究費支援に採択され、運動誘発性筋損傷(運動後の“筋肉痛”などを伴う現象)の研究をしながら、関東インカレでの入賞・栃木県選手権での優勝を目標に競技もさせていただいております。


写真2:憧れの競技部初日(12/6) 

みんな優しく迎え入れてくれてありがとう

Q2. 博士学生なら研究だけやればいいじゃん!なんで競技場にいるの?

正におっしゃる通り。指導教員の教授や、博士の先輩にも同じことを言われそうなので、少し小さい声で喋りますね……しかし、ここには一つ、一応ちゃんとした理由があります。

私はこれまで、次のような失敗を何度も繰り返してきました。

① 怪我や研究活動が立て込み、しばらくトレーニングができなくなる

② ようやくの再開「久々に追い込んじゃ~お!」

③ 翌日以降、激しい筋肉痛になる(酷いときは怪我をしてしまう)

④ 痛っった!!!何コレ?! ひどぃょ……

⑤ 予定していたトレーニングが遂行できず計画の練り直し

⑥ 何だよぉお もおおお!!またかよぉおぉぉおおおお!!!!!

⑦ 世界に絶望し『死に至る病(キェルケゴール,岩波文庫)』を購入

⑧  “実存”の概念が理解できず挫折

⑨ ブックオフに売りに行く

⑩ そうしている間に忙しくなり①にもどる

当初、これは私個人の計画性と知性の無さが問題であろうと思っていました。おそらく、その側面もあります。

ところが、研究論文を渉猟していくと、これらの課題は科学的知見によって解消可能(な部分もある)ことが判明し、その知見を自分のトレーニングに取り入れ、効果を実感することもできました。

さらに、競技場で話を聞いてみるとトップアスリートも同様な課題を感じていることに気づきました。また、教育活動の経験からは、健康のためにトレーニングを開始した学生が、激しい筋肉痛により運動の習慣化が妨げられているという場面も目にしました。

自身の経験に加え、研究室で論文を読んで得られる専門的な知識と、実際に赴かなければ見つけられない競技・教育の現場ならではの課題。これらの着眼点を融合させることで、初めて見えてくる疑問があるのだと経験しました。

選手として競技場に立ち、指導や研究にも関わる中で、自身の身体の声/周囲の人の話を聞き、実感の宿った困難に直面すること。これは、私の目指す「研究と実践現場の架け橋となる」ためにも必須の姿勢だと考えています。

そのため、締め切り、怪我、肺炎、喘息、将来への不安、納税など、さまざまな壁に阻まれながらも、私は今日も研究室と競技場の間を必死こいて往復しております。

写真3:健気に奮闘する様子

Q3.まぁご立派ですこと。自慢か?

すみません。ここまでは申請書作成時の手癖で書いてしまいました。が、現実は厳しい

研究について先ほどは偉そうに語りましたが、研究計画の作成、倫理審査、測定方法の検討、研究対象者の募集、採血者の確保……と、準備だけでほぼ一年を費やしてしまいました。

ようやく測定を始めても、データはこちらの期待など一切汲まず、思うような変化を示してくれません。測定項目ばかりが増え、得られた膨大なデータをまとめるだけでも一仕事。泣いちゃうよ。

未知に挑むとは、華々しい発見をすることではなく、日程調整と採血者探しと、ほとんど変化のないグラフを眺め続けること。その地道な営みの堆積の上に、ようやく一つの知見が立ち現れるのだと知りました。

また、博士2年にもなるのに“右”と“左”がよくわかっていません。電車もよく乗り過ごします。酔った勢いで、遠方のホテルを予約してしまう悪癖(返金不可)もあります。

最近だと、履修登録を失敗しました。必修科目を6つほど履修しておらず、関係する先生方に謝罪しながら、追加履修の手続きを進めています。

写真4:インド映画でネコチヤンと現実逃避をする私

要するに私は、研究と競技を華麗に両立している博士学生ではありません

それでも私が競技場に向かうのは、皆さんと一緒に練習し、ときにはくだらないことで笑う時間が、行き詰まった私の自我をつなぎ留めてくれるからです。年齢も学年も離れている私に気軽に声をかけ、いろいろなことを質問してくれるのも、とてもありがたく思っています。おかげさまで生きております。

そこで今回は、競技場で実際によく聞かれる質問に答えることで、私が普段受け取っているものを、皆さんに還元してみようと思います。

“還元”と書くと、また申請書のようになってしまいますね。役に立つかどうかは保証しませんが、誠心誠意お答えします。

Q4. 博士学生と競技を両立するコツを教えてください!!

早速ですが、お答えできません!どうしたらいいんだろうね?

私も知りたいです。あ、よかったら今度一緒に、優秀な唯一の同期、橋本君に聞きにいきませんか?

写真5:同期で両立している超人・橋本君

(バットで殴ってもたぶん勝てないな、と思っている私)

Q5. どんくらい本読みますか?

めちゃくちゃバラバラなので……ただ、実は、直近1-2カ月で読んだ本を元にできるだけ回答してみたりしています。

気になった方は末尾の参考文献をご参照ください。

Q6.語彙力を高めるために本を読みたいっす!

質問者「自分、読書したいっす!でもTikTokばっか見ちゃうし、語彙力、ほしいっす!」

私「なるほど。

たしかに書店を眺めると、「言語化」「語彙力」「伝える力」といった言葉を掲げた本が、所狭しと並んでいます。自分の考えていることを、うまく言葉にできるようになりたい。その気持ち、よ~~く分かります。

ただ、そもそも“語彙力を高めるためだけの読書”って、あまり面白くなさそうじゃないですか?学校で強いられた勉強ではないのだから、もっと単純に、読みたいものを読めばよいのだと思います。

そして、誠に残念ながら、この世の中にはとんでもなく面白い、脳ミソに「ダーーーン!!」と直接電流を流してくるような文章があります。そんな文章に出会うと、昨日までとは少し違って世界が見える。世界はもっと華やかになる。それはきっと、スマホやTikTokよりも面白いんじゃないでしょうか。すみません、TikTokはやったことないので、想像で喋りました。普通に読書よりもTikTokのほうが数百倍面白いのかもしれません。

とはいえ、語彙や教養が増え、分からない言葉が減り、背景知識が豊かになるほど、文章の内容そのものに集中しやすくなるのも確かです。

そう考えると、語彙は多ければ多いほどよく、語彙や概念を豊富に持つ人や集団ほど、知的に――」

質問者「え?でも、ある領域について語彙や概念が豊富であるということは、その集団がその領域に深く関心を持っているということであるだけで、知性の優劣を意味するわけではないっすよね?」

私「……お前、結構本読んでるだろ?」

質問者「TikTokで見たっす」

なるほど。普通にTikTokの方が数百倍面白いのかもしれません。

Q7. 最近買ったもの教えて!

ちょっと前にワインセラー買いました。安いやつですが。その後、ソムリエエクセレンス(ソムリエの上級)の方にお伺いしたら、「ワインを保管するなら洞窟しかないです」と言われました。ので、次は洞窟を買おうと思ってます。

Q8.人生で重要にしていることは?

寿命がある以上、我々は生まれながらにして死刑を言い渡されているようなものなので、“不条理な現実そのものをまるごと承認せよ”になるかと思われます。

写真6:人生のイメージ画像

Q9.正しく生きるにはどうしたらいいですか?

「正しさ」を厳密に決めないことじゃないでしょうか。自分自身についてはなおさら。もっとテキトーなものでもいーんだと思います。

科学が発展しても、分からないものは残ります。分からないことが残るのは、知性の失敗ではありません。それにもかかわらず、「すべて分かるはずだ」と思っていると、分からないものに出会ったときに怖くなり、やがて「分からない」と認めること自体を避けるようになります。

世界を説明しようとする科学でさえ、分からないものを残している。それなのに、人間の生き方にだけ、いつでも通用する唯一の正解を求めるのは、少し無理があるように思います。

「一度決めた道を最後まで貫くことが正しい」と思っていた人が、途中で進路を変えるかもしれない。「努力とは休まず続けることだ」と信じていた人が、心身を崩して初めて、立ち止まることの大切さを知るかもしれない。生きていれば、昨日までの正しさが通用しなくなることなんて、たくさんあるでしょう。

そんなときは、「正しさ」なんて遠慮なく更新してしまって良いんじゃないでしょうか。

こんな考えだから、いつまでたっても論文の考察が書けないのかもしれませんね。

Q10.時間ってなんですか?

世界のいろいろな神話や宗教における時間観を調べてみると、「直線的な時間」と「循環する時間」の2通りがあるそうです。が、ここでは一旦〈今〉についてだけ考えてみましょう。

「いま」の「い」を口にしている間にも、その〈今〉はすでに流れ去っていきます。けれども、例えば「今やりたいことを考える」と言うときの〈今〉には、この瞬間だけでなく、これまでの経験や、この先どうなりたいかという願望まで含まれている気がします。

〈今〉と言いながら、実際には過去と未来、双方の文脈に引っ張られている

であるなら、本来の今においては、あらゆる目標も記憶も持ち込むことができない。そうすると、私たちはその〈今〉を、ほとんど捉えることができないのかもしれません。

そう考えると、「時間がある」「時間がない」「時間を忘れる」という表現も不思議です。同じ1時間でも、締め切り前には一瞬で消え、退屈な会議では永遠になる。

……時間とは何か。答えを出すにはもう少し時間が必要です。

Q11.いつ論文書くんですか?

時間がないので、回答はまた今度に……

Q12. 結局、板井赳磨って誰?何してる人?怖いんですけど!

ということで、唐突に雑なタイトル回収をします。すみません、実はネタ切れになるのを恐れ、これを執筆する前に質問募集もしていたんですが、想定以上に多くの質問をいただき、すべてに答えていると締め切りに間に合わないことが判明しました。

(質問してくださった皆さん、ありがとうございました。今回答えられなかった内容については、競技場で直接聞いてください)

さて、ここまで読んでいただいた皆さん。読む前と比較して、板井赳磨について何かわかりましたか?

分かった方は、何か教えてください。というのも、私自身も私をまだよく分かっていません

ただ、怖がらなくて大丈夫。競技場で見かけたら気軽に話しかけてください。今回の文章の8倍くらい喋ります。

在学中に皆さんと一緒に練習できる時間も、少しずつ短くなってきました。残された時間も皆さんとたくさん練習し、たくさん話せたらと思っています。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

写真7:入部時と同じ腕を組んだポーズ

いつもみんなありがとう

【おまけ(という名のお願い)】

ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。そんな皆様だからこそのお願いを一つだけさせてください。

現在、以下の条件で研究対象者を募集しております。

  • 運動習慣がなく、過去半年以内に強い筋肉痛を経験していない成人男性
  • 約1週間、毎日ほぼ同じ時間帯に研究室へお越しいただける方

部に所属している皆様はもれなく対象外ですが、多学類に知り合いが多い方や、交友関係の広い方は、ぜひ周りの方をご紹介いただけますと幸いです。

また、採血資格(看護師・臨床検査技師・医師など)をお持ちの方も募集しております。心当たりのある方や、ご紹介いただける方がいらっしゃいましたら、お気軽にご連絡ください。

あなたの「一人知ってるよ」が、私の研究を救います。

ご協力のほど何卒よろしくお願いいたします。

【参考にさせていただいた文章】

本記事は特定の文献を直接引用・要約したものではなく、文章の書き方や考え方に影響を受けた作品を掲載しています。

大学院生としては失格なくらい雑な載せ方ですが、「参考文献」ではなく「この文章を書くうえでお世話になった本棚」くらいの気持ちでご覧ください。

  • 野矢茂樹『哲学な日々――考えさせない時代に抗して』講談社
  • セーレン・キェルケゴール『死に至る病』岩波文庫
  • 森見登美彦『太陽の塔』新潮文庫
  • 朝永振一郎『量子力学と私』岩波文庫
  • 円城塔『コード・ブッダ――機械仏教史縁起』文藝春秋
  • 内田樹『寝ながら学べる構造主義』文春新書
  • 三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』集英社新書
  • アルベール・カミュ『シーシュポスの神話』新潮文庫
  • マルクス・アウレリウス『自省録』岩波文庫
  • 野矢茂樹編『子どもの難問――哲学者の先生、教えてください!』中央公論新社
  • 架神恭介・辰巳一世『完全教祖マニュアル』ちくま新書
  • 上田啓太『人は2000連休を与えられるとどうなるのか?』河出書房新社
  • pha『どこでもいいからどこかへ行きたい』幻冬舎文庫
  • 永田智『ふぁんふぁんハニーランド』note