【十人桐色2026】#50「私の人生」米川佳里奈

はじめまして。この度は執筆の機会をいただき、ありがとうございます。投擲ブロック一年、米川佳里奈です。「十人桐色」に思いを綴らせていただけることを光栄に思います。
私は、三重県で生まれ、東京都の柴又帝釈天の幼稚園で日が暮れるまで毎日遊び、三鷹で小・中学校を過ごしました。そこで、たまたま出会った砲丸投げと格闘した高校生活について書かせていただきます。

私は、小学生からテニスを始め、練習を重ねる度に、上達していくことが楽しくて、中学生になったらテニス部に入りたいと思っていました。しかし、入学した中学校に硬式テニス部が無く、それならば、テニスのために体力をつけようと考えて、陸上部に入部しました。その選択が、その後の私の人生を大きく変えることになるとは、そのときの私は思いもしませんでした。リレーの練習中にサッカー部員とぶつかり怪我をしたことがきっかけで、中学2年生のときに砲丸投げの試合に出場したところ、運良く東京都の強化指定選手に選ばれました。そこで良きコーチに出会い、中学3年生では全国大会に出場することができました。入賞を目標に出場しましたが、結果は10位。悔しさが込み上げる初めての経験でした。「短期間で全国大会に出場できただけすごいよ」と励ましの言葉をたくさんの方にかけてもらう度に、「私は誰にも負けない1番になりたい」と強く思うようになり、高校で陸上に本気で向き合おうとこの道に進むことを決めました。

西武台高校に入学し、部活漬けの毎日が始まりました。砲丸の重さも4kgに変わり、1年生の頃はインターハイに出場することが目標でした。県大会までは、大きな不安なく挑めましたが、北関東大会前は不安でした。インターハイの切符を目前にして、上手くいかないかもしれない、負けるかもしれないといった、弱い気持ちが全くなかったかと言えば嘘になります。しかし、不安なのに勝てる気がする。その不思議な気持ちの正体は、高校入学からの3か月間、自分は誰よりも努力したと思えたことにありました。絶対に負けたくないと挑んだ結果、優勝して、初めて表彰台の1番上に立つことができました。このときの気持ちが、その後の私にとって、自分を信じて挑み続ける支えになりました。目標としていたインターハイ出場が決まりましたが、怪我もあり、ベストを出せず予選敗退に終わりました。その年のU18では3位以内を狙って、5位。このときの悔しさは、中学生のときとは比べものにならないほど、深い苦しさを伴うものでした。

このとき、私は初めて表彰台の1番上に立つ人の気持ちを考えました。たくさんの人が優勝を狙う中で、1番遠くに投げなければならないプレッシャーに耐え、みんなに追われても自分を信じ抜く、優勝する人の強さを見つけたとき、私は必ずこの場所にたどり着くと感じました。

2年生になり、目標は北関東大会3連覇に向けて駒を一つ進めること、インターハイ3位入賞、U18優勝でした。自分が不安になる要素を一つでも減らし、勝負を挑むときに自分の背中を自分で押せるように練習に取り組みました。北関東大会の優勝を経て、挑んだインターハイは、自己ベストを出して最終投までは3位。目標のメダルが見え、あと少しと思った6投目の直前で順位が4番に落ちました。今まで経験したことのない焦りが一気に押し寄せ、焦ったまま投げました。そんな状態では逆転などできるはずもなく4位で試合を終えました。6投目で追い抜く3年生の強さと、そこで再び自分を押し上げられない自分の弱さを感じました。その後のU18は、絶対に負けないように最後まで油断せず、ベストを出しても攻め続けると決めました。カテゴリー別ではありましたが、全国大会での初めての優勝はとても嬉しく、仲間たちが見守り応援してくれる試合の心強さを感じました。

しかし、年明け後の合宿中に、不注意で大きな怪我をして、1か月間練習はもちろん歩くこともできない日々が続きました。リハビリをして、練習ができるようになったのはシーズン直前、経験のない焦りを感じましたが、その後の追い込み練習もまた、これまでに経験がないほど無駄がなく、迷いもなく、最高の準備ができました。

3年生の目標は日本選手権出場とインターハイ優勝でした。日本選手権出場を懸けた最後の試合の最終投で、あと18cm足りず日本選手権を逃したときは、悔しくて悔しくて、「もし怪我をしなかったら」と溢れ出そうな言い訳を押し殺しました。インターハイでは、1年生のときに感じた、頂点に立つ勇気のある人になることだけを考え、練習に集中しました。北関東大会で3連覇を果たし、迎えたインターハイは、3年間の全ての想いをぶつけて、誰にも近寄らせない結果で優勝するんだ!と強く心に誓い臨みました。直前で試技数の変更などがありましたが、惑わされることなく自分の望む結果だけを追い求め、1投目から1位の記録を守り続け、優勝が決まったときは、本当に嬉しかったです。しかし、その記録でも日本選手権の標準は切ることができず、また最後の一投で記録を伸ばして強さを示すこともできませんでした。優勝は本当に嬉しかったですが、後悔の残るインターハイでした。高校生活最後のU20ではインターハイのような後悔は一切することなく、今までの高校3年間を思い出しながら最高に楽しい試合をしたいと思いました。試合になると目の前の1投だけを考えて投げましたが、今までの試合結果の中で1番良い試合展開だったと思います。

大学でも1年生から結果を出し続けたいと思っていました。しかし、新しい生活に慣れず、気持ちが保てず、なかなか記録が出せずに苦しんでいます。でも、また表彰台の1番上に立てるように、今はまた昔のように強い人を追いかけ続け、いつか誰も追いつけない存在になれるよう努力し続けたいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

投擲ブロック1年 米川佳里奈