【十人桐色2026】#42「こだわりのオーダーメイド」美山翔太

はじめまして。この度は執筆の機会をいただき誠にありがとうございます。短距離障害ブロック博士前期課程2年の美山翔汰(びやま しょうた)と申します。大学時代から「リレーブログ」「十人桐色」が更新されるたび楽しみに読んでいました。まさか自分がこの場で文章を書く日が来るとは。桐の葉のユニフォームを身にまとい、早1年3ヵ月。この環境で学ばせていただいたこと、そしてラストシーズンに懸ける想いを綴らせていただきます。拙い文章ですが「こんな人もいるんだな~」くらいの気持ちで読んでいただけたら幸いです。

とはいっても、私が誰かわからない方も多いと思いますので、少しだけ自己紹介をさせてください。

出身は茨城県水戸市、生粋の茨城っ子です。小学校では空手、中学・高校では野球に打ち込みました。幼少期からスポーツが大好きでした。ただ、実績としては何も残せず、中学校では市大会1、2回戦止まり。高校では、自分のプレーでチームに迷惑をかけてしまったことも数多く記憶に残っています。高校卒業間近に「野球部の中では走るのが速い、跳べる」「武井壮に顔が似ている」と周囲から陸上競技を勧められ、大学(茨城大学)から本格的に陸上競技を始めました。もっとも、大学では十種競技から競技人生をスタートし、右膝前十字靱帯断裂の怪我を経て、大学3年時から現在の専門である400mにたどり着きました。

 

 

 

 

 

 

 

高校時代のユニフォーム(打者の方)

そんな私ですが、大学1年時の関東インカレは強く印象に残っています。スタンドから応援していた私は、あの舞台で活躍したいと心の底から震えたのを覚えています。そんな衝動からコーチや先輩方にたくさん話を伺い、資料を読み漁り、外部コーチの指導を仰ぎに行ったりしたこともありました。なにかと理由を見出し、根拠の薄い2部練習をひたすらやっていた時期もありました。強くなれるなら何でもする。そんな思いで無我夢中だったことを覚えています。そんな思いが通じたのか、大学4年時に何とか関東インカレ(2部,400m)に出場することができました。

筑波大学大学院への進学を決めた理由も、その延長線上にあります。大学までの競技環境では、全国の舞台はどこか遠い存在でした。だからこそ、その世界で戦う選手たちが日々どのようなものを見て、何を感じ、何を大切にしながら競技と向き合っているのか間近で学びたいと思いました。そして、自分自身も大好きな陸上競技で全国の舞台に立ちたい。そんな思いから、大学院でも競技を継続させていただく運びとなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

身長180cm、体重90kgの投擲時代

実際に筑波へ来るとそこには全国トップレベルの選手が当たり前のようにいます。

トップ選手の走りを間近で見て、話を聞き、時には同じ空間で競う。私が憧れ求めていた環境そのものでした。しかし、今振り返ると、私はその恵まれた環境を十分に活かしきれていなかったように思います。私はよく練習動画を見返します。

そんなに何を見ているの?

ある日、先生からそう聞かれたことがあります。

私は、速い選手の動画を何度も見返し、自分と見比べていました。

この接地が違う。この姿勢が違う。体格やレースパターンの近いトップ選手を見て、その動きを「正解」と信じ、自分をそこへ近づけようとしていました。でも、その選手にはその選手の身体があり、感覚があり、そこへ至るまでの積み重ねがあります。私はその背景に目を向けず、目の前にある結果だけを追いかけていました。今思えば、見ているようで大切なことは何も見えていないような状態だったと思います。同じメニューをしていても、その選手がどんな特徴で、どんな課題を抱え、どんな意図で取り組んでいるのかという文脈が違えば、その意味も変わってきます。だからこそ、一つひとつのトレーニングに意味を持たせるために、自分の身体を知り、感覚を磨くことが不可欠です。

以前、プロ野球の菅野智之投手 (2026年現在; コロラド・ロッキーズ所属) が投球練習で自分が投げた球速を、ほとんど誤差なく言い当てる動画を見たことがあります。

https://youtu.be/qz0nYLfC51c?si=j8eJzLjbuhOJQOaa.

当時は「さすが一流選手だ」としか思いませんでした。しかし今思えば、この感覚こそが、一流選手にまでたどり着くためのヒントだったと感じています。陸上競技も同じで、接地の感触、身体のキレ、走りのリズム。そうした感覚と実際の結果をすり合わせながら、「今日の自分」と「これまでの自分」を結びつけていく。大学院での1年目を終え、私が見るべきだったのは目の前のトップ選手ではなく、その走りに至るまでの文脈。そして、自分自身の文脈にもっと向き合うべきだったと思います。

長くなりましたが、ここまでをまとめると 「正解がわからないまま、これが自分にとってあうんじゃないか?みたいな感じで 自分を中心にトレーニングをコーディネートした大学時代」。「ハイレベルな環境で、一見正解と思えるようなお手本がたくさんいる中、それに合わせるように自分をコーディネートしていた大学院1年目」。どちらも両極で、他者から学びながら、自分の文脈に落とし込む。その思考を何度も往復しながら、自分なりの答えを創る。それが、競技力を高めるために最も大切なのだと今は感じています。

最後に、やはり私が取り組む陸上競技はチャンピオンスポーツです。どれだけ試行錯誤を重ね、時間を費やしたとしても最後に勝敗を決めるのはタイム、距離、高さという「記録」です。そこに、その選手がどんな文脈で競技と向き合ってきたかは加味されません。記録に至るまでの文脈を楽しみつつも、やはり記録は残したい。一見すると遠回りばかりしているような私の競技人生も、最後には「あの遠回りが必要な道だった」と言えるように。そして、支えてくれた仲間と心から喜びあうことができるように。引退までの残り3ヵ月を全力で走り抜きたいと思います!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!