【十人桐色2024】#11「私が返せるもの」八重樫澄佳

みなさんこんにちは。

全カレ後一発目の個人コラムをお任せいただき、謎のプレッシャーに震え上がっている跳躍混成ブロック4年の八重樫です。

全カレ前から依頼をいただいていたのにも関わらず、この文章を書いている現在時刻は10月2日15:50です。

なんという計画性の無さ。ごめんね慎也、、、

宗澤(跳躍4)との出会いは実は小6

依頼主から「4年間の振り返りを軸に」と言われましたが、一競技者として大切にしていることなど、徒然なるままに記していこうと思います。おそらく話はぶれまくります笑

どうせまとまらないので暇つぶしにでも読んでくださると嬉しいです^^

 

4年前、新型コロナウイルス感染症の影響でインターハイが中止になり、代替大会として「全国高等学校陸上競技大会2020」という大会が行われたのを、みなさんは覚えているでしょうか。

実は私は、そこで人生で初めてNMを経験しました。

全部をかけて臨んだ大会で、大やらかし。

しかし私にとってその大会での経験は、非常に辛くも、その後の競技人生にとってなくてはならないものだったと思っています。

 

当時の私にとっての陸上競技は、「存在意義」そのもので、そこでの結果が自分の価値を決定すると考えていました。(どんだけ自己肯定感低いんだよ)

だからこそ試合で負けるとすごく自己嫌悪していたし、生活がだらしなくなって親から「陸上やめろ」と言われた時も、好きで続けたいという気持ちが強かったわけでもないのに、必死に陸上にしがみついていました。

また、ありがたいことに、身近な人だけでなくSNS上でしか繋がっていない方からも応援をいただくことがしばしばありましたが、「がっかりされたくない」という一心で必死に応えようと足掻いていました。

 

そんな捻くれ少女が迎えた高校最後の大会。いやあもう、今でも思い出しただけでもメンブレしそうになります笑

世の中の誰しもが行動を制限されて、スポーツ自体の風当たりが強い中でどうにか開催してくださった大会での大失敗。

高校の同級生みんなが、勉強のストレスがある中でも壮行会を開いてくれたり、いろんな方がDMやLINEでたくさんの応援をいただいたりしたのに。

両親も先生も私のためにたくさんのものを割いてくれたのに。

競技場を出た後、誰もいない場所で、泣き疲れて寝てしまうくらい大号泣して、みんなに合わせる顔もないから、このままどこか誰も知らない場所に行ってしまおうかとか馬鹿なことを考えたりもしました。

それでも周りは温かくて一切責めたりなんかしなくて。

 

「なんで結果も出せなくて期待にも応えられないのに、よく知りもしない私をみんなは見捨てず応援してくれるんだろう。」

 

そんな疑問を抱えたまま筑波に入学しました。

様々な思いを持って戦う先輩や同期たち、スタッフの先生方と関わる中で、その疑問は自然と解決していきました。

「なんで自分のことを応援してくれるのか」なんてことは正直どうでもよくて、「その人たちに競技者として、結果以外で何を返せるのか」を考えることが大事なのではないかと考えるようになりました。

自分以上に感情大爆発の仲間たち

 

私が考える、結果以外での返せるものとは

できる限り心身ともに元気な状態で誰よりも楽しんで競技を続けること」です。

モチベーションが上がらなくても、なんだか自分の中でうまくいかなくても、試合がどうしようもなく怖くなっても、自分を認めてくれる家族や仲間、ファンがいると思うとすごく心強い。だからたとえうまくいかなかったとしても、何度でも挑戦しようと思えるんです。そんな思いを、自分が発するエネルギーで少しでも多くの人に返せたらと思っています。

 

最後にこの4年間の振り返りをちょっとだけ。

この4年間、学生カテゴリーで一度もタイトルを取ることはできませんでしたが、4年間更新できなかった自己ベストを更新できたり、憧れの舞台で戦えたり、最高の仲間たちと本気で日本一を目指したりと、とっっっっっっても幸せでした

また、私以上に喜んだり、悔しがったりしてくれる仲間やファンと出会えて、本当に人と機会に恵まれた大学陸上だったなと思います。本当にありがとうございました。

学年代表やらせてくれてありがとう^^

 

引退みたいな文章になってしまいましたが、まだまだ競技は続ける予定ですので、どうぞこれからもよろしくお願いします^^

拙い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました!

 

そして何回も書き直して締め切りに間に合わず。慎也まじでごめん