【十人桐色】#53 『ぬけぬけ病って知っていますか?』薮下温司

『ぬけぬけ病って知っていますか?』

 

みなさん、こんにちは。

今回コラムを担当させていただくことになった中長距離ブロック3年の薮下温司と申します。このような貴重な機会をいただき、大変光栄に思います。稚拙な文章ではありますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。

 

さて、私は今回この場をお借りして、私が昨年発症し、今現在もその症状と闘っている「局所性ジストニア」通称「ぬけぬけ病」について自身の体験を中心に書いていきたいと思います。

現在同じ症状を抱えて悩んでいる人の励みになることはもちろん、症状がない人やぬけぬけ病について全く知らないという人たちに少しでもぬけぬけ病について知ってほしい、そして自分の周りに似たような症状を持つ人がいたら、寄り添ってあげてほしいという思いからこのコラムを書いていきます。

 

まず、ぬけぬけ病とは何人もの著名な長距離ランナーが経験し、引退に追い込まれた人もいるにも関わらず、まだその存在が広く認知されておらず、原因や治療法もはっきりとは確立されていないランナー特有の症状です。症状としては、人によって違うらしいのですが、私の場合は「足が棒になる」という表現が1番しっくりきました。つまり、走っていると、突然足が極度に疲労したような状態になり、コントロールができなくなるイメージです。

なぜ、このような症状がでるぬけぬけ病が認知されていないかというと、ぬけぬけ病は痛みを伴わず、病院で検査をしてもらっても何も異常が発見されないということが挙げられます。そのため、しばしば精神的な問題で片付けられてしまうこともあり、症状を経験したことがない人にはなかなか理解してもらえません。

幸か不幸か私の周りには同じ症状に悩まされている先輩や後輩が何人もいたので、相談しやすかったですが、周りに同じ症状を持つ人がいなかったら、誰にも相談できず、自分の身体がどのような状態にあるのかも理解できないままだったかもしれません。

 

次に、私がぬけぬけ病を発症した理由を自分なりに分析してみました。初めてぬけぬけ病を発症したのは昨年10月10日の練習でした。その日の練習日誌を見返すと、「左足にマメができてしまい、痛みを耐えながら走ったので動きが少し崩れてしまった」と書いてありました。つまり、この時点ではこれがぬけぬけ病とは全く分からず、ただ身体のバランスが少し崩れているだけだと思っていました。

では、なぜ身体のバランスが崩れてしまったのか、それについて考えた時に至った結論がありました。それは9月の中旬からストライド、つまり歩幅を大きくしようと無理にフォームを変えようと取り組んだことが原因だったのではないかということです。

ストライドを伸ばすためには、前の段階として股関節などの可動域を広げたり、足だけでなく上半身も使う必要がありますが、当時の私は箱根駅伝予選会のメンバー争いに絡むためにがむしゃらに1cmでも前にいこうとして、無理矢理ストライドを伸ばそうとしていました。ここで、無茶なフォームで走ったことが原因で身体の筋力バランスが崩れぬけぬけ病を発症してしまったのではないかというのが私なりの見解です。

あの時、冷静に分析できていればと、悔やんだ時期もありましたが、最近は分析できなかったのも含めて自分の競技力なのだと受け止められるようになりました。

 

ぬけぬけ病で厄介なのは痛みを伴わないので周囲に理解してもらいにくいことと書きました。しかし、痛みを伴わないというのは周囲だけでなく、自分自身にとっても非常に大きなストレスになるということがぬけぬけ病を経験して感じました。

例えとして疲労骨折を例に挙げてみます。疲労骨折の場合、痛みはありますが、何週間休めば完治して、いつ頃復帰することができると見通しを立てることができます。どの状態まで回復すれば、練習を再開して良いかがある程度明確になっているわけです。

しかし、ぬけぬけ病の場合、走り続けると筋力バランスがさらに大きく崩れるので休むしかありませんが、筋力バランスを整えない限りただ休んでいるだけでは治りません。そして、痛みがないので、どの段階まで筋力バランスが回復すれば復帰しても再発しないかという判断が非常に難しいです。私は、症状がでる→休んで筋力バランスを整えるトレーニングをする→そろそろ走っても大丈夫と判断して走りだすと、症状が再発するという無限ループに陥っていました。それを繰り返していくうちに、また症状がでるのではないかと段々走ることに恐怖心を覚えるようになっていき、走ることを避けるようになっていきました。

さらに、箱根駅伝が決まったり、自己ベストを更新したり、私より故障期間が長いのにも関わらずひたむきに頑張っている仲間に対して、普段なら励まされていたはずが、当時の私は、余計に自分自身に対するやるせなさや自己嫌悪を感じるという精神状態に陥っていました。

そのような状態がぬけぬけ病を発症した10月から1月まで約3ヶ月ほど続いて気づけば体重も走っていた時期より8kg増大し、ぬけぬけ病とは関係なく別の箇所も体重の急激な増加によって痛めてしまうなど精神的にも肉体的にも走れるような状態ではなくなっていました。

 

では、そのような状態からどのように回復したのか精神的な面、肉体的な面に分けて書いていきたいと思います。

まず、精神的な面において何か特別なきっかけがあったわけではありません。しかし、先ほどの話と矛盾するようですが、確実に周囲の支えというものはあったと思います。特に、冒頭の方にも書きましたがぬけぬけ病が周囲に理解されにくい中で、私の周りには同じ症状を持つ人や痛みではなく感覚的なずれによって走れない人たちが多かったことは大きかったと思います。

特別何か励ましあったりすることはなかったですが、同じ症状に苦しんでいて自分の症状や気持ちに共感してくれるだけでチーム内で同じような状況に陥っている、陥っていたのは自分だけではないんだと思うことができ、少しずつ前を向けるようになっていきました。

肉体的な面では、ぬけぬけ病になったことにより、以前より自分のフォームを分析することができるようになったことが大きかったと思います。

ぬけぬけ病になる前の私は、恥ずかしながら練習を走れたのか走れなかったのかのみで判断していたことがありました。しかし、ぬけぬけ病になったことで、以前より自身のフォーム動画を見て分析したり、コーチ陣にフォームについて質問する機会が増え、練習の判断基準が出来不出来だけでなく、症状が出た時、出なかった時でフォームの違いはあるのかなど色んな角度から練習を評価できるようになっていき、段々今日の調子であればこの距離ペースまでは症状がでないというのが分かってくるようになりました。

もちろん、筋力バランスを整える地道なトレーニングを行ってきたのが前提ですが、トレーニングをしても症状を出して走ってしまうと再び筋力バランスが崩れてしまうので、ぬけぬけ病の症状が出るのか出ないのかを事前に判断して症状を出さずに練習を積み重ねていくことができるようになったことは非常に重要なことでした。

 

ここまでの私のぬけぬけ病になった経験を踏まえて、足のコントロールが効かないといった症状が出た時にどうするべきかをまとめます。

まずは、これ以上筋力バランスを崩さないために一旦走ることをストップしてください。痛みがないので走りたい気持ちは凄く分かります。私自身、初めの数ヶ月は走りながら筋力トレーニングをして治していこうとしましたが、歩いている時にも違和感が出るほど、症状が悪化してしまいました。

次に、客観的に自分の筋力バランスを評価してみてください。できれば、第3者の視点から評価してもらうのが望ましいです。冒頭の方で、原因や治療法も確立されていないと書きましたが、ぬけぬけ病の専門家の方もいらっしゃり、徐々に原因や治療法について研究が進んでいるので早期に1度診てもらうことをお勧めします。

そして、最も大切なのは、筋力バランスを整えるトレーニングを継続させることです。おそらく、筋力を増大させるようなトレーニングではないのでとても地味で効果を実感しにくいですが、継続していくことで変化は必ず現れます。焦らないことが結果的に最短で治ることに繋がるので、①走らない②筋力バランスを評価してもらう③弱い筋肉を鍛えるを意識して確実に治していってください。

 

最後に、ぬけぬけ病は、気持ちの問題では片付けてはいけない「病気」です。もし、このコラムを読んでくれている同じ症状の人がいれば、気持ちの問題として片付けてしまうのではなく、監督やコーチ、身近な人に相談してみて、決して1人で抱え込まないでください。

幸いにも私の周りにはぬけぬけ病について理解してくださる方々がたくさんおり、早期に対処できたおかげで現在復帰への道のりを順調に歩めています。

今はまだ競技力も影響力もない私が言うのは大変恐縮ではありますが、いつかレースで結果を出して同じ症状を持つ方々の励みになれば大変嬉しく思います。

 

拙い文章ではありましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

 

〇今日のコラム〇

薮下温司(やぶしたあつし)

【個人ページはこちらから】

社会国際学群  3年

兵庫県出身

淳心学院高等学校

中長距離ブロック・5000m

競技会委員会