【十人桐色2026】#9「誰かの握った拳」町田一真

初めまして。短距離障害ブロック4年の町田一真です。既に競技は引退済みで、春から東京に戻って一般企業へ就職します。

軽く自己紹介です。かつては100mを専門にしていて、広報委員会と運営執行部を兼務していました。PBは10.92で終えました。これは魔境短短パートでは下の下のタイムですが、未経験の方には「凄いじゃん!」とチヤホヤしてもらえるので嬉しい限りです。やってよかった陸上競技!!

十人桐色、競技部員として大好きな企画で入部以降のものは全て目を通しています。おすすめは2024年と2023年の曽我部先輩の担当回、直近だと同ブロック2年生鈴木一之竜の担当回です。一之竜のこういう言語化能力・表現力が、彼が愛される所以のひとつなんだろうなと思います。

曽我部隆伍十人桐色はこちらから

鈴木一之竜十人桐色はこちらから

引退後しばらくして、競技部の先輩にあたり現在は岩手大学で教鞭を取られている奥平先生の実験に被験者として参加させていただく機会がありました。実験の最中に奥平先生から「率直に4年間を一言で表すと、どうだった?」と問われ私は反射的に「しんどかったです」と答えたというやり取りがありました。

ただそれ以降そのやり取りが私の中でずっと引っかかっています。「しんどかった」ことに間違いはないけれどその裏に、自分でもその短い瞬間に表現しきれなかったものがあるような気がしました。この場を借りて、その引っかかりを飲み込んで次のステージに向かうための文章にしたいと思います。

「しんどかった」という感情と最も密接に結びついているのは、2024年のシーズンだと断言できます。当時は競技に真っ向から向き合えておらず、「もう一度、青桐のユニフォームに袖を通せるはずだ」という根拠のない自信だけを頼りに、ひたすらに高強度のトレーニングを繰り返し、怪我を繰り返しました。

当時の「しんどさ」は「結果がでないにも関わらず、今更何をどうすればいいかも分からない」という出口の見えない八方ふさがりの苦しさでした。ヤケクソ、自暴自棄とも表現できるかもしれません。何もできない自分は先生の時間と競技場のスペースを浪費するべきではない、競技部にいるべきではないと思っていました。

苦しい日々でしたがその年の日本インカレを通して、残り1年でここ(インカレの舞台)にはもう立てないという受容と諦念が去来しました。それは意外にも清々しいものでした。

本競技部は両インカレ総合優勝を目指す組織で、そこに籍を置く以上はどのような形でもそこに100%の努力度で寄与するべきです。競技者としての限界を自覚する中で私は役割の再定義に迫られました。これまで3年間ずっと、口先で上手いことを言って何となく競技部に在籍していた自分に気付いたからです。

 そこで私が再定義したのは以下の3点でした。

①運営執行部員として仕事を選ばず競技部を支える。

②運営執行部を言い訳にして避けていた広報委員会としての活動を見直し、時間が許す限りのことを取り組む

③いち競技者として関甲信優勝を成し遂げ、競技部内におけるボトムアップを体現する

結果として目標としていた関甲信優勝は叶いませんでした。それでも、自ら定義した役割を全うすべく駆け抜けたシーズンという名の半年間、そしてその結末を通して、何かを伝えられたのではないか。今は、そんなかすかな手応えを感じています。

 私が多くの先輩、同期、後輩の走りを見て少しずつ変わることができたように、あの日の私のレースを見てくれた人が、たとえそれが反面教師としてであっても、何かしらの行動変容を起こしてくれたら嬉しいです。その小さな変化が他の要因と積み重なり、競技部の最大目標に繋がっていくことを願っています

 4年間を「しんどかった」と受け止めることができるのは、今の私がかつての自身の弱さに真摯に向き合えた証だと納得しています。

 ゼロから走りを構築し再出発した2025年シーズンも、何度も壁にぶつかり心が砕けました。その度に色んな方法で引っ張り上げてくれた、OBの方々も含めた短距離障害ブロックの仲間の優しさには本当に感謝しています。

 結局のところ、正直後悔には満ちています。

もっとやれた

もっといけた

あの時踏みとどまっていれば

あの時突き詰めていれば

 それでも「しんどかった4年間」を経て、身体も精神も精一杯削って私の中に残ったものは、

  自分だって本気で頭を絞り試行錯誤を継続すればできないことなんかない

という確信です。その確信を得られたことこそが、私にとっての最大の財産です。この確信を持って次のステージに行けることを幸せに思います。まだまだやりたいこと、成し遂げたいことが山ほどあります。この素晴らしい組織で過ごした4年間が人生のハイライトにならないように、色々と企てています。

 私の4年間を反映するようなひどく拙い文章でしたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。この執筆は私にとっても、私自身の4年間に意味を与える有意義なものになりました。

 ずっと応援してくれていた方、遠くから見守ってくれていた方、なんかちょっと頑張ったらしいって知ってくれた方、普段から競技部を応援してくださっている方、たまたまこのブログだけ読んだ方、なんでもいいですよ。本当にありがとうございました。またどこかで。